野獣と噂の王太子と偽りの妃
さらに次の日。
ドクターは三角巾で王太子の左腕を吊るすと、少しずつ庭の散歩から始めて身体を動かしても構わない、と話す。

プリムローズは王太子に寄り添って、離れの庭園に出た。

「まあ!とても綺麗なお庭ですね。色々なお花が咲き乱れていて、良い香りがします」

微笑むプリムローズの横顔に、王太子は意外そうに口を開く。

「そんなに嬉しいものか?」
「ええ。見ているだけで心が癒やされます。馬車で宮殿に来た時に見かけた庭園の植栽も見事でしたけれど、ここの花々もとても美しいですわ」

そういうものか?と思いながら、王太子はプリムローズと並んでゆっくりと庭を歩く。

少し休憩をと、プリムローズは庭の中央のベンチに王太子を促し、並んで腰掛けた。

「そなた、名はなんといったか?」
「プリムローズ=ローレンと申します、殿下」
「ああ、そうだった。迷惑をかけたな。すぐに金貨を用意させる。それを持って屋敷に帰れ」

淡々と話す王太子の言葉に、プリムローズは口をつぐんで目を伏せた。

「どうした?早く家族のもとに帰りたいだろう?」
「いえ、あの。殿下、不躾ながらお願いがございます」
「なんだ?」
「わたくしをここの使用人として雇っていただけませんか?」
「…は?!」

王太子は、いつものポーカーフェイスもどこへやら、鳩が豆鉄砲食ったような顔になる。

「そなた、何を言っている?伯爵令嬢が使用人になるなど、そなたの両親が許すはずあるまい。妙なことを言ってないで、すぐにでも帰れ」
「いいえ、帰る訳にはまいりません。わたくしがいない方が、家族は穏やかに暮らせるのです」

プリムローズの言葉に、王太子は怪訝そうに尋ねる。

「…なぜそのようなことを?」
「はい。母とわたくしは血が繋がっておりません。わたくしの母は、わたくしを生む時に命を落としました。その後、父は現在の母を迎え、妹が生まれました。お分かりですよね?わたくしがいない方が良いのです。わたくしも、父や母や妹が、仲良く穏やかに暮らして欲しいと願っております」

王太子はプリムローズの言葉にじっと耳を傾けたあと、ふいに尋ねた。
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