野獣と噂の王太子と偽りの妃
その後、市場で新鮮な果物をたくさん買うと、時刻は正午になろうとしていた。

「さてと、どこかで昼食にしよう。食べたい物はあるか?」
「いえ。マルクス様のお好きな所へ」
「んー、じゃあここにしようか」
「はい」

二人はテラス席のあるカフェに入り、行き交う人々を眺めながら、サンドイッチやサラダ、フルーツやスープを味わう。

「どれもとっても美味しいです!」

サンドイッチを頬張るプリムローズの笑顔に、マルクスも目を細める。

食後のコーヒーを飲んでいると、急にプリムローズが改まって頭を下げた。

「あの、マルクス様、父からの手紙で知りました。わたくしの家に金貨を百枚も届けてくださったとか。本当にありがとうございます。ですが受け取ることはできません。マルクス様は、わたくしのお願いを聞き届けてそばに置いてくださっているのに。お礼をしなければならないのは、こちらの方ですわ」
「いや。本来ならば俺がローレン家に挨拶にうかがうべきところなんだ。だがいずれそなたが出て行くことを考えると、あまり事を大きくするのもはばかられる。せめてもの気持ちとして、受け取って欲しい」
「いいえ。使用人としてお仕えするはずがこのように良くしていただいて、更に金貨まで受け取るなど。恐れ多く、申し訳ない気持ちでいっぱいです」

プリムローズがうつむいて小さくなっていると、マルクスは真剣に声をかける。

「プリムローズ」
「はい」
「そなたをこのまま俺のそばに置くには、条件がある」
「は、はい」

プリムローズは姿勢を正し、ゴクリと喉を鳴らして身構えた。

(どうしよう。難しいことを言われてできなかったら。出て行けって追い出される?そんなこと…)

身を固くしていると、マルクスがじっとプリムローズを見つめて言い聞かせる。

「いいか?『申し訳ない』は禁句だ。そなたにはいつも笑顔でいて欲しい。それが俺のそばにいる条件だ」
「は?あの…」

てっきり無理難題を言われると思っていたプリムローズは、拍子抜けする。

「そなたが笑ってくれると、俺の気持ちも明るくなる。そなたの笑顔は俺の心を救ってくれるのだ。これからも俺のそばにいてくれるか?プリムローズ」

プリムローズは何度かまばたきしたあと、満面の笑みを浮かべた。

「はい!マルクス様のおそばにいたいです」

マルクスは頬を緩めてプリムローズに頷く。

「そなたのその笑顔は、何物にも代えがたい」
「そんな。マルクス様の優しさも、わたくしにとってかけがえのないものです」
「優しい?この俺が?」

マルクスは思い切り眉根を寄せて、怪訝そうに尋ねる。

「はい。とてもお優しいです」
「プリムローズ、気は確かか?俺はことごとく令嬢達を追い返した非道な人間だぞ?そなただって、俺に追い払われただろう?」
「ええ。ですが、今思い返せば面白くて」
「はっ?!面白い?」
「はい。だってマルクス様、出会ってすぐのわたくしに、性格の不一致だ、なんて」

思い出してクスクス笑うプリムローズに、マルクスは理解できないとばかりに首をひねる。

だがプリムローズの可憐な微笑みに、いつしかマルクスも頬を緩めていた。
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