野獣と噂の王太子と偽りの妃
穏やかな日々が続く。

「それでは行ってくる。帰りは遅くなるから、先に休んでいろ」
「かしこまりました。どうぞお気をつけて」
「ああ」

馬を翻して去っていくマルクスとサミュエルを見送ると、プリムローズはレイチェルを振り返った。

「さてと!片づけましょうか」
「ですから、それはわたくしが一人で…」
「あら。私の好きにさせてもらえるのではなかった?それに二人でやった方が早いもの」

いつものやり取りをしながら、二人は庭園に戻る。

先程まで、明るい午後の陽射しの下、ガーデンテーブルでティータイムを楽しんでいたのだった。

今日は夜の視察に行くと言うマルクスの為に、プリムローズはたくさんのお菓子を作った。

オレンジソースのクレープと、オレンジとチョコレートのマーブルケーキやクッキー。

マルクスは、どれも美味しいとパクパク食べ、プリムローズはそんなマルクスを嬉しそうに見つめていた。

(でも、さすがに作り過ぎてしまったわね)

余ったマーブルケーキをナフキンに包むと、プリムローズはふと視線を上げた。

その先には、脚立に腰掛けて木の枝を切っている、白いヒゲの庭師のおじいさん。

下で脚立を押さえているのも、同じようにヒゲをたくわえたおじいさんだった。

プリムローズは二人に近づくと、そっと声をかける。

「あの…、ごきげんよう」

手を止めて驚いたように振り返った庭師のおじいさんは、プリムローズを見るとにっこりと笑った。

「ごきげんよう、お嬢さん。気持ちの良い秋晴れだね」
「はい。いつもお庭を綺麗にお手入れしてくださって、ありがとうございます。もしよろしければ、こちらをもらっていただけませんか?」

そう言って、ナフキンを少し開いてケーキを見せる。

「ほう、これは美味しそうだな。いただいてもいいのかい?」
「もちろんです。今、包みますね」

プリムローズはナフキンに包み直すと、更にその上からハンカチーフで綺麗に包んだ。

「どうぞ」
「ありがとう。ひょっとしてこれは、お嬢さんのお手製なのかな?」
「ええ。お口に合うか分かりませんが…」
「とても美味しそうだよ。ありがたくいただこう」
「はい。どうぞお二人で召し上がってくださいね。それでは失礼いたします」

プリムローズは両手を揃えてお辞儀をすると、スカートをふわりと翻してタタッと立ち去る。

その後ろ姿を、庭師のおじいさんは微笑ましく見つめていた。
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