野獣と噂の王太子と偽りの妃
「ギルガとシルベーヌの状況は分かった。それで?マルクスは一体どうするつもりなのだ?」

広い会議室に集まった面々を前に、国王はマルクスに尋ねる。

「はい。我が国の国境警備隊を更に多くこの付近に配置し、ギルガがシルベーヌに攻め入るのを少しでも阻止したいと考えます。具体的には、カルディナ、ギルガ、シルベーヌ、三カ国の国境のこの位置に軍隊を配置し、ギルガの軍を制圧します。そうすることで、ギルガのシルベーヌへの侵略も防げるかと」

すると初老の宰相が不機嫌そうに顔をしかめた。

「なぜシルベーヌの為に我々が手助けせねばならんのだ?勝手にギルガをシルベーヌに侵略させれば良いものを。目障りな国同士が争って弱っていくのを、高みの見物しているのが我が国の得策ではないか」

マルクスは、グッと拳を握りしめて気持ちを落ち着かせてから口を開く。

「シルベーヌ国は平和主義の国です。戦争を望んでいません。軍事力もギルガよりはるかに劣り、このままではあっという間に国の全土がギルガに制圧されてしまいます」
「別に良いではないか。なあ?皆の者」

宰相が皆を見渡し、大臣達も品のない笑みを浮かべた。

小さく息を吸って冷静さを保ちながら、マルクスは言葉を続ける。

「シルベーヌの領土は、我が国の二倍。ギルガの三倍あります。その広大な土地が全てギルガのものになれば、それは我がカルディナにとっても大きな脅威となり得るでしょう。農業や酪農、漁業で自給自足しているシルベーヌから、我が国も多くの食料品を仕入れており、数字にするとおよそ五十%近くがシルベーヌからの輸入です。その一切を絶たれてしまえば、カルディナの国民は、明日の食べ物にすら困るでしょう」

皆は急に顔を伏せ、静けさが広がった。

やがて国王がゆったりと口を開く。

「よく分かった。マルクスの案で事を進めよう。各大臣達は、マルクスの指示に従うように」
「御意!」

国王の鶴の一声でその場の全員が頷いた。

マルクスがホッと胸をなで下ろしていると、最後に国王は意外なことを告げた。

「マルクス。しばらくカルロスと一緒に行動してくれ」

え?と、マルクスは驚いて国王の隣に座るカルロスを見る。

同じように驚いているところを見ると、カルロスも寝耳に水だったのだろう。

「父上!一体なぜそのような…」
「カルロス、お前ももうすぐ二十歳だ。この国のありとあらゆる現実を、己の目で確かめておきなさい。一国の王となるつもりがあるならな」

鋭い視線で釘を刺され、カルロスは押し黙って唇を噛みしめていた。
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