野獣と噂の王太子と偽りの妃
「それでは行ってくる」
「はい。行ってらっしゃいませ、マルクス様、サミュエル。どうぞお気をつけて」
「ああ」

見送りのプリムローズとレイチェルに頷くと、マルクスとサミュエルは手綱をさばいて馬を走らせる。

今日はいつもとは違い、まず本殿の方へと向かった。

広場に面した大きな扉の前で馬を降り、カルロスを待つ。

他にも大勢の軍服を着た近衛隊員が、カルロスを待ち構えていた。

やがて侍女が開けた扉から、真っ白なロングブーツとロイヤルブルーのジャケット姿のカルロスが姿を現した。

その場にいる全員が一斉に頭を下げる。

「お待たせー」

軽くそう言うと、カルロスは毛並みの良い白馬に近寄り、側近から手綱を受け取る。

そして側近が組んだ両手に左足を載せてから馬に跨った。

(一人で乗ることすらできないのか)

マルクスは心の中でため息をついた。

これでは、カルロスの馬術も期待できそうにない。

「それではまいります」

マルクスはサッと馬に跨ると、すぐさま走らせ始めた。

いつもなら全速力で馬を駆るが、今日はその半分ほどのスピードにした。

さり気なく後ろを見ると、カルロスは必死の形相で手綱を握っている。

どうやらこのスピードでもついていくのは精一杯らしい。

「サミュエル」
「はっ!」

呼ばれてサミュエルは、すぐにマルクスの隣に馬を寄せた。

「この調子では、到着するのは夕刻になる。悪いが先に行って、場を整えておいてもらえるか?」
「かしこまりました」

キリッとした表情で小さく頷くと、サミュエルは一気にスピードを上げ、あっという間に見えなくなった。
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