野獣と噂の王太子と偽りの妃
「お帰りなさいませ!」

笑顔でエントランスに出迎えに来たプリムローズに、マルクスは思わず驚く。

「そなた、まだ起きていたのか?もう夜半過ぎだというのに」
「たまたま目が覚めたので。それよりマルクス様、早くお部屋の中へ。お身体を温めませんと」

ガウンを羽織ったプリムローズがマルクスを二階の部屋に促すと、レイチェルが暖炉を温めていた。

プリムローズはマルクスとサミュエルに温かいハーブティを淹れる。

「お食事は?何か召し上がりましたか?」
「いや、何も」
「それなら、スープとパンと果物をお持ちします。サミュエルも、ここで待っていて」
「え、あの…」

プリムローズはレイチェルと共に、いそいそと部屋を出て行く。

声をかけそびれたマルクスは、サミュエルと一緒にジャケットを脱いでソファに座った。

「どうぞ、召し上がってください」
「ありがとう」

温かいミネストローネをひと口飲むと、心の底からホッとして、マルクスは思わず息をつく。

「美味しいな」
「ふふっ、よかったです。マルクス様、オレンジとヨーグルトもどうぞ」
「ああ、ありがとう」

よほど空腹だったのか、マルクスもサミュエルもあっという間に平らげた。

ようやく人心地ついた様子の二人に、プリムローズとレイチェルも顔を見合わせて微笑む。

「それにしても、今夜はお帰りが遅くて心配いたしました。何かあったのですか?」

プリムローズが真剣に尋ねると、マルクスは苦笑いする。

「いや、大丈夫だ。何もない。ちょっとよちよち歩きのお坊ちゃまにつき合っていてね」
「はい?」

プリムローズは首を傾げてまばたきを繰り返す。

「そなたは気にするな。なんてことはない。それにここに帰ってくると、長旅の疲れも一気に吹き飛んだ」
「それならよかったのですが…」

まだ心配そうなプリムローズの頭に手をやり、マルクスは笑いかける。

「ほら、もう寝なさい。こんな夜更けにお子様が起きてちゃいけない」
「まあ!マルクス様。わたくしもうすぐ十八ですのに」
「充分お子様だよ。さ、早くベッドへ」

プリムローズはまだ何か言いたそうに、ふくれっ面で渋々立ち上がる。

「それでは、おやすみなさいませ。マルクス様」
「おやすみ、プリムローズ。良い夢を」
「はい。マルクス様も」

にっこり笑ってから部屋を出て行くプリムローズを、マルクスは優しい眼差しで見送った。
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