野獣と噂の王太子と偽りの妃
新たな門出
「それでは、行ってまいります」

それから半月後。

薄紅色のドレスに身を包んだプリムローズは、王家からの遣いの馬車の前で一同を振り返った。

父、母、エステル。
そして屋敷中の使用人達が、プリムローズの見送りの為に集まっていた。

「その…、プリムローズ。とにかく一度お話を聞くだけで帰ってくるんだぞ?それから家族みんなでゆっくり話し合って決めればいいのだからな?」

心配そうに父が声をかける。

「はい、承知いたしました」

にっこりと微笑みつつ、プリムローズにその気はなかった。

どんなことをしても、必ず縁談をまとめてみせる。
自分がこの家の役に立つのなら。

(ここにはもう帰らない)

決意を胸に、プリムローズはもう一度皆を見渡した。

幼い頃から母に代わってずっと自分を育ててくれた乳母。

歳が近く、友達のように接してくれた侍女。

美味しい料理やお菓子作りを教えてくれたシェフ。

女学校へ毎日送り迎えをしてくれた執事。

プリムローズは万感の思いで深々と頭を下げる。

最後にプリムローズは、エステルに声をかけた。

「エステル。私の衣裳部屋にあるドレス、もらってくれる?どれもほとんど新品だから、あなたが着てくれると嬉しいわ」

エステルは今にも泣きそうな表情になる。

舞踏会の夜、思いのほか早く帰って来たエステルは、侍女によると雰囲気に飲まれて気後れし、全く誰とも話さなかったとのこと。

夢に見た舞踏会にがっかりし、この先も楽しめないと不安になっているのだろう。

初めて見るエステルのそんな姿に、プリムローズは優しく微笑む。

「大丈夫よ、エステル。必ず幸せになれるからね」

そう言うとくるりと向きを変えて、馬車に乗り込んだ。

「…お姉様!」

思わず口をついて出たエステルの呼びかけに、プリムローズは振り返る。

お姉様と呼ばれたのはいつ以来だろう?

不安そうに見つめてくるエステルに、プリムローズはもう一度大丈夫と笑って頷いた。

ゆっくりと馬車が動き出す。

(もう振り返らない。私は前に進むだけよ)

プリムローズは膝の上に揃えた両手をギュッと固く握りしめた。
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