野獣と噂の王太子と偽りの妃
必ず助ける
「それでは、行ってくる。今日は夕方には帰るつもりだ」
「はい、かしこまりました。お気をつけて行ってらっしゃいませ」

国境へと出かけるマルクスを、いつものようにプリムローズは笑顔で見送る。

カルロスは、自分がいたのでは足手まといになると、あの襲撃の日以来、同行することはなかった。

国王と王妃も、カルロスの身に危険が及んだと知って、もう国境へは近づくなと告げたらしい。

マルクスはサミュエルと二人で身軽にあちこちに顔を出し、警備の様子を見回り、隊員達を労う日々を送っている。

そんなマルクスを少しでも支えようと、プリムローズは美味しい料理やお菓子を作って帰りを待ち、笑顔で出迎えた。

そんなある日。

マルクスを見送ってから、庭の花に水をあげていると、後ろから声をかけられた。

「こんにちは、お嬢さん」
「まあ!庭師のおじいさん。ごきげんよう」

いつぞや、ケーキをおすそ分けしたおじいさんが、笑顔で近づいてくる。

「今日もお庭のお手入れをしに来てくださったのですか?ありがとうございます」
「いや、まあ、それもあるんだが。今日はこれをお嬢さんに返そうと思ってね」

そう言っておじいさんは、あの時プリムローズがケーキを包んだハンカチーフを差し出した。

「え?そんな、わざわざありがとうございます。こんなに綺麗にしてくださって」

しわや汚れ一つなく、ピンと綺麗に整えられたハンカチーフを、プリムローズは両手で受け取る。

「お嬢さんのお気持ちが嬉しかったよ。あのケーキもとても美味しかった」
「本当ですか?!それならまた今度、別のお菓子ももらっていただけますか?」
「ああ。楽しみにしているよ」
「はい!」

おじいさんは片手を挙げてから去っていく。

その後ろ姿が見えなくなると、プリムローズはまた水やりを始めた。

(ふふっ、喜んでもらえてよかった。次はどんなお菓子を作ろうかしら)

わくわくしながら、あれこれとメニューを考えていると、カサッと木の枝が揺れる音がした。

「おじいさん?何か忘れ物でも…」

そう言って振り返ったプリムローズは、ハッと息を呑む。

怪しげな男が二人、プリムローズの前に立ちはだかり、白い布を口に押し当ててきた。

鼻をツンとさせる薬品らしき匂いに、思わず顔をしかめる。

と、それを最後にプリムローズの記憶はプツリと途絶えた。
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