野獣と噂の王太子と偽りの妃
「ただいま…」

夕方になり、屋敷に帰って来たマルクスは、小さく呟いてアンディから降りる。

いつもならプリムローズが満面の笑みで出迎えてくれるのだが、今日はその気配がない。

どうしたのかと思っていると、扉から転がるようにレイチェルが飛び出して来た。

「殿下!大変です、プリムローズ様が!」
「なに?!」

顔面蒼白なレイチェルの様子に、マルクスもサミュエルも一気に顔つきを変える。

「プリムローズが、どうした?!」
「それが、お姿がどこにもなくて。庭にこれが…」

そう言ってレイチェルは、泥がついたハンカチーフを差し出した。

ピンクのバラの綺麗な柄のハンカチーフには見覚えがある。

「これは、プリムローズの…」
「はい。これがあちらの花壇に落ちていて、その、プリムローズ様は、どんなにお名前を呼んでも…」
「いつからだ?プリムローズはいついなくなった?!」

レイチェルは今にも泣きそうな声で答える。

「朝、殿下をお見送りしたあと、お花に水やりに行かれて…。あまりにお帰りが遅いのであちこち探したのですが、どこにも」
「朝?!そんなに前から?!」
「申し訳ありません!殿下にお知らせする方法もなくて…」

ついにこらえ切れずに涙をこぼすレイチェルを、サミュエルがなだめるように抱きしめた。

マルクスはアンディの手綱を引き寄せる。

「とにかく今から探しに行く。レイチェル、気を確かに待っていろ」
「はい!お願いいたします、殿下。必ずやプリムローズ様をご無事に!」
「もちろんだ。行くぞ!サミュエル」
「はい!」

アンディに飛び乗ると、マルクスは手綱をさばいて一気に駆け出す。

(頼む、無事でいてくれ!プリムローズ)

心の中でただひたすら、それだけを祈った。
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