野獣と噂の王太子と偽りの妃
どれくらいそうしていたのだろう。

プツンと外側の一本が切れる感覚に、プリムローズは、やった!と嬉しくなる。

(この調子でもう少しがんばろう)

痛みに耐えながら、必死にこすっていると、また男達の会話が聞こえてきた。

「なあ」
「ん?どうした?」
「今更だけど、この女、本当に王太子の妃なのか?使用人じゃないだろうな?」
「はあ?何を今頃。当たり前だろ?王太子が妃を選んだって、街中で噂になってるじゃないか。宮殿にいたそれらしき女はこいつだけだ。メイドの服ではなくて、伯爵令嬢らしいドレスを着てるしな」
「そうだけど。それならなんであんな裏庭にいたんだ?あそこはやたら警備も甘かったし、お付きのメイドもそばにいなかった。こんなにあっさり誘拐できて、今も追っ手が来る気配すらない。なんかおかしくないか?」
「別に?いいじゃないか、うまくいって」

そうだけど…と、腑に落ちない様子ながらも会話は終わる。

その後はまた静けさが広がった。

(王太子妃ってことは、カルロス王太子殿下のお妃と間違われたのね)

国境を超えてギルガ王国に入ったら…。

恐らくカルディナの国王に『カルロス王太子妃の命が惜しくば』と脅迫状を届けるのだろう。

受け取ったカルディナ国王は?

そんな者はいない、と鼻で笑ってあしらうはずだ。

(そうすれば私は…。きっとそのままその場で斬られるわ)

ゾクッと身体が震え、一気に寒気が襲ってくる。

(そんなの嫌!私はマルクス様のところに帰りたい!)

マルクスの笑顔を思い出した途端、プリムローズは沸々と勇気が湧いてきた。

(そうよ、必ず帰るの。マルクス様のところに)

プリムローズは落ち着きを取り戻し、また縄を切るのに集中した。
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