野獣と噂の王太子と偽りの妃
「うわっ!」

男達の叫び声が聞こえ、馬車がガタン!と大きく揺れる。

ヒヒーン!と馬がいななき、馬車の激しい揺れに、プリムローズは思わず床に座り込んだ。

(なに?一体どうしたの?)

その時。

「プリムローズ!」

自分を呼ぶ声が聞こえてきて、プリムローズはハッと荷車の扉を振り返る。

(空耳?だって、今の声…)

あまりにも会いたくて、ついには幻聴まで聞こえるようになってしまったのだろうか。

するともう一度、懐かしく頼もしい声で呼ばれた。

「プリムローズ!」
「マルクス様!」

この声は間違いない。

(マルクス様!助けに来てくださったのね)

早くも涙が込み上げる。

「プリムローズ、今扉を開ける」
「はい!」

小刻みに激しく揺れる荷車の中、壁に手をついて耐えていると、やがて扉が一気に左右に開かれた。

「プリムローズ!」
「マルクス様!」

プリムローズは涙をほとばしらせながら立ち上がる。

「来い!プリムローズ」
「はい!」

何も怖くない。

プリムローズは思い切り床を蹴り、マルクスが広げた大きな両腕の中に飛び込んだ。

マルクスはプリムローズをしっかり受けとめ、胸にギュッと抱きしめる。

「プリムローズ…。ケガはないか?」
「はい、マルクス様…」

温かく大きなマルクスの胸に顔を寄せて、プリムローズは涙を溢れさせた。

「怖い思いをさせたな。遅くなって悪かった」
「いいえ。助けに来てくださって、ありがとうございます」

その時「殿下!プリムローズ様!」とサミュエルの声がして、二人は顔を上げる。

馬に乗ったサミュエルが、大勢のカルディナ国境警備隊の隊員を連れて近づいて来た。

「ご無事ですか?!」
「ああ、大丈夫だ」
「よかった…。ご無事で何よりです、プリムローズ様」

サミュエルは心底ホッとしたように、プリムローズに笑いかける。

「ありがとう、サミュエル」

ふと見ると、敵の二人は隊員達に捕らえられ、馬車から降ろされている。

マルクスは、ヒュ!と口笛を吹いた。

すると、馬車の前に立ちはだかっていたアンディが駆け寄って来る。

「まあ!アンディが馬車を止めてくれたのね」

マルクスが腕に抱いたままだったプリムローズをそっと下ろすと、プリムローズはアンディに身を寄せて体をなでる。

「ありがとう、アンディ」

ブルルッとアンディも嬉しそうに、プリムローズの手に頭をすり寄せていた。
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