野獣と噂の王太子と偽りの妃
身体を温めたあと、レイチェルが用意してくれた料理を食べて、ホッと人心地つく。

するとマルクスがソファから呼びかけた。

「プリムローズ、こっちへおいで」
「はい」

プリムローズが隣に座ると、マルクスはそっとプリムローズの両手を取った。

「綺麗な手首にアザが…。痛むか?」
「いいえ、もう大丈夫です」
「酷い目に遭ったな。本当にすまなかった」

マルクスは優しく親指でプリムローズのアザをなぞる。

「プリムローズ。俺はもう二度とそなたを危険な目に遭わせないと誓う。だが、四六時中そなたのそばにいる訳にもいかないし、そなたを連れ回す訳にもいかない。だから…」

そこまで言うとマルクスは、苦しそうに一瞬顔を歪め、思い切ったように顔を上げた。

「そなたを伯爵家に帰そうと思う」
「マルクス様、何を…」

プリムローズは、あまりの衝撃的な言葉に呆然とする。

「そんな、嫌です!ここを離れるなんて、そんなこと絶対に嫌!」
「プリムローズ、落ち着け。ここにいたのでは、いつまた敵が襲ってくるかもしれない。伯爵家に戻り、家族と共に過ごすんだ」
「嫌!わたくしをこのままここに置いてください。マルクス様のそばに。離れるなんて、考えただけでもわたくしは」
「プリムローズ!」

マルクスはプリムローズを強く胸に抱きしめて、頭をなでる。

「そなたの命が何よりも大事だ。頼む、分かってくれ」
「嫌です、マルクス様。お願いですから、わたくしを帰さないで」

ポロポロと大粒の涙を流すプリムローズに、マルクスはいたたまれなくなる。

だが唇を噛みしめて必死にこらえた。

「プリムローズ、そなたを妃候補にする話は終わった。もうここには必要ない。私の命令だ。明日伯爵家に帰れ」

冷たく言い放つと、プリムローズはビクッと身体をこわばらせる。

マルクスはもう一度だけプリムローズをギュッと抱きしめると、立ち上がって隣の部屋に姿を消した。
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