野獣と噂の王太子と偽りの妃
馬車の窓から外の景色を眺めていると、だんだんと活気づいた街が広がり始めた。

道路も整備され、行き交う人々の身なりもきちんとしている。

(ローレン家は、どちらかというと落ちぶれた田舎の伯爵家だもの。やはり王族の方がお住まいの都とは、こんなにも違うものなのね)

綺麗に並ぶ街路樹やカラフルなお店。

まるで旅行に来たような気分で、プリムローズは窓の外に釘づけになる。

だが馬車がゆっくりと進路を変え、巨大な門扉の中に進むと、プリムローズはいよいよ緊張感に包まれた。

幾何学的な模様で整えられた庭園を左右に見ながら、馬車は大きくカーブを描き、やがてとてつもなく大きく重厚な扉の前で止まった。

「ようこそお越しくださいました、プリムローズ様」

御者の手を借りて馬車を降りたプリムローズに、まだ二十歳くらいの若い侍女が一人、深々と頭を下げる。

「初めまして。プリムローズ=ローレンと申します。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ。わたくしは王太子殿下に仕えるレイチェルと申します。何なりとお申しつけくださいませ。さあ、早速王太子殿下のところへご案内いたしますわ。こちらへどうぞ」

はい、と頷いてレイチェルのあとをついていく。

てっきり目の前の大きな扉の中に入るのかと思いきや、レイチェルは左の庭園の方へと向かう。

プリムローズも黙って従った。

噴水のあるパティオを通り抜けると、離れのようなこじんまりとした屋敷が見えてきた。

「こちらです。どうぞお入りください」
「はい。失礼いたします」

エントランスの扉から中に入ると、そこはローレン家とさほど変わらない雰囲気の屋敷だった。

絨毯を敷き詰めた階段を上がり、廊下を少し進むと、レイチェルは部屋のドアをノックする。

「殿下。プリムローズ様をお連れしました」

すると中からカチャッとドアが開き、にこやかな青年が「お待ちしておりました。どうぞ」と中へ促す。

「はい。失礼いたします」

プリムローズは深々とお辞儀をしてから、部屋の中に足を踏み入れた。

大きな黒塗りのデスクと背もたれの高い革張りの椅子。

その椅子に座って窓の外を見ているらしい人物は、こちらからはその姿が見えない。

だが話の流れからすると、肘掛けに載せた腕だけが見えるその人物こそ王太子なのだろうと、プリムローズは控えめに口を開いた。
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