野獣と噂の王太子と偽りの妃
驚きの人物
「プリムローズ様。お忘れ物はありませんか?」
「ええ、何もないわ」
「ですが、こちらのドレスは?」
「置いていくわ。いただく訳にはいきません」

プリムローズは、最初にここに来た時の荷物だけを持つと、レイチェルと共にエントランスに下りた。

王家の紋章が入った豪華な馬車が止まっており、御者がうやうやしくプリムローズに頭を下げる。

「レイチェル、今まで本当にありがとう」
「プリムローズ様…」

向かい合うと、レイチェルはもう無理だとばかりに涙をこぼし始めた。

「わたくしの方こそ、ありがとうございました、プリムローズ様。とても楽しくて、かけがえのない毎日を過ごさせていただきました」
「私もよ、レイチェル。どうか元気でね。サミュエルにもよろしく伝えて。それから…」

少し言い淀んでから、プリムローズは顔を上げる。

「マルクス様のことをお願いします。どうか、お元気でお過ごしいただけるように」
「はい、かしこまりました。必ず」
「ありがとう。お願いね」

そして最後に二人は固く抱き合った。

「あなたに会えてよかった、レイチェル。ずっと忘れないわ」
「わたくしもです。プリムローズ様、どうぞいつまでもお元気で」

ようやく身体を離すと、プリムローズはレイチェルに優しく微笑み、馬車に乗り込む。

「プリムローズ様!お元気で!」
「ありがとう!レイチェルもね」

動き出した馬車の窓から、プリムローズは大きくレイチェルに手を振り続けた。
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