野獣と噂の王太子と偽りの妃
(どこへ連れて行かれるのかしら)

足を労るようなふわふわの絨毯を踏みしめ、プリムローズはひたすら侍女のあとをついて行く。

広い廊下の両サイドには美しい絵画が飾られ、天井からはきらびやかなシャンデリアがいくつも吊り下げられている。

まさに豪華絢爛といった宮殿の雰囲気に圧倒され、プリムローズは辺りを見回しながらただ感嘆のため息をつくばかりだった。

「どうぞ。こちらの謁見の間で少々お待ちくださいませ」

足を止めた侍女に扉を開いて促され、プリムローズは、え!と驚く。

(謁見の間ですって?どうしてそんなところに)

戸惑いつつも歩を進めると、正面の高い雛壇の上には、これぞ玉座というような豪華で存在感のある椅子が置かれていた。

(え、待って。私がこんな所に通されるなんて、何かの手違いよね?)

心細さにキョロキョロしていると、やがて隣の部屋に続く扉を執事が開いて、深々と頭を垂れる。

プリムローズも慌てて頭を下げた。

衣擦れの音がして、誰かが玉座の前まで来た気配がする。

「顔を上げなさい」
「はい、失礼いたします」

凛と響く男性の声に、プリムローズはドキドキしながらゆっくりと顔を上げた。

と、次の瞬間、呆気にとられて目を丸くする。

「え?あの、あなたは…」

正面に立っていたのは、にこにこと笑顔を浮かべた庭師のおじいさんだった。

(見間違いかしら。いえ、やっぱりあのおじいさんだわ。服装も、いつものつなぎと長靴だし)

プリムローズがぱちぱちとまばたきを繰り返していると、おじいさんはにこやかに口を開いた。

「やあ。また会えましたね、お嬢さん」
「は、はい。おじいさんにおかれましては、ご機嫌麗しく」
「ははは!ありがとう。おっと、自己紹介がまだだったね」
「あ、はい!失礼いたしました。わたくしは、プリムローズ=ローレンと申します」
「良い名だね、プリムローズ。私はマルクスの父の、ガルシア=デュカス=カルディナだ」

は?!と、プリムローズは最大級に目を見開いて言葉を失う。

「ガ、ガルシア国王陛下?!でいらっしゃいますか?」
「ああ。別名は『庭師のおじいさん』だがね」

プリムローズは、もうあたふたとするばかりだ。

「た、大変失礼をいたしました。わたくしときたら、国王陛下になんとご無礼なことを…」

ひたすら頭を下げ続けるプリムローズに、国王は楽しげに笑う。

「いやいや、とても親切にしてもらいましたよ。どうぞ顔を上げてください、お嬢さん。少しお話をしたい」
「は、はい。失礼いたします」

プリムローズは再びゆっくりと顔を上げた。

国王はゆったりと椅子に座ると、おもむろにあごひげに手をやり、べりべりと引きはがす。

そして頭に巻いていた布も取り払った。

プリムローズはぽかんとその様子を眺めてしまう。

「どうかな?おじいさんよりは若返っただろうか」
「は、はい!とても若々しくていらっしゃいます」
「あはは!ありがとう。ちなみにもう一人の庭師は、あの執事だったんだよ」

そう言って国王は、扉の前に控えている執事に目をやる。

今は黒髪に黒いメガネで、ビシッとスーツを着ているが、言われてみればあの時のひょろりとしたもう一人の庭師のおじいさんの面影があった。

「あの、一体…?」

困惑してばかりのプリムローズに、国王は頷いて話し始めた。
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