野獣と噂の王太子と偽りの妃
オランジェちゃん
「それでは失礼いたします。おやすみなさいませ、プリムローズ様」
「おやすみなさい」

二階にあるプリムローズの部屋から侍女が出て行き、パタンとドアが閉まると、プリムローズは大きなため息をつく。

(はあ…。どうしてあんなことに)

カルロスに突然キスをされたショックから立ち直れずに、よろよろとベッドの端に腰かけた。

(今日、誕生日だったのに。もし神様とお母様から誕生日プレゼントをいただけるなら、ひと目だけでもマルクス様に会わせて欲しかった)

そう思った途端、じわりと涙が目に浮かぶ。

それも叶わず、そればかりかカルロスにいきなりあんなことをされるとは。

(明日、国王陛下にお話をしてここを出よう)

引き留められたとしても、なんとか説得してみよう。

マルクスに会えないなら、ここにいても意味がない。

プリムローズは固く心に決めると、よし!と頷いて立ち上がった。

そうと決まれば、ドレスを着替えて早く寝ようと、窓に近づいてカーテンを閉める。

だが、ふと窓から下を見下ろして手を止めた。

木の枝に手綱を結ばれた馬が見える。

(え?あの綺麗な栗色の毛並みは、ひょっとして!)

プリムローズは急いでバルコニーに出ると、手すりから身を乗り出して目を凝らす。

(やっぱり、アンディ!ということは、マルクス様がいらっしゃるのね?)

パッと笑顔になり、急いでドアに向おうとして我に返る。

ドアの外には侍女が交代で見張っているはずだ。

マルクスを探し回ることはできない。

それならと、プリムローズはバルコニーから再び下を覗き込んだ。

「アンディ!」

あまり大きな声を出して、近衛隊に見つかってはいけない。

プリムローズは小声で必死に呼びかけた。

「アンディ!ねえ、アンディったら!」

すると、ん?とばかりにアンディが振り返った。

プリムローズを見るなり、『!!』とびっくりマークが飛び出たような驚いた顔をする。

「アンディ!今から私、飛び降りるから。受け止めてね」

そう言うとプリムローズはハイヒールの靴を脱ぎ捨て、バルコニーの柵をまたいで外側に足を載せた。

アンディは、ええー?!と言うように、プリムローズを見上げてそわそわと動き回る。

プリムローズは柵に沿って手を下に滑らせ、しゃがみ込んだ。

もう一度下を見てアンディの位置を確かめる。

「アンディ、もうちょっとこっちに来て」

いや、そんな、無理ですって!と言わんばかりに、アンディは前足を上げて首を振る。

「行くわよ」

ヒエー!とアンディがかすかな悲鳴のようにいなないた。

プリムローズは両手に力を込めると、バルコニーの柵から足を下ろす。

一度ぶら下がってタイミングを計ってから手を離す…つもりだった。

だがドレスの重みは予想以上で、ぶら下がった瞬間、つるりと手を滑らせたプリムローズの身体は、そのままふわっと宙に舞った。
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