野獣と噂の王太子と偽りの妃
「プリムローズ。そなたがここを出て行ってから、そなたを思い出さない日はなかった。帰らせたのは俺なのに、会いたくてたまらなかった。二度と会えないなら、せめて最後にひと目だけでも会いたい。そんな矛盾した気持ちを毎日必死で抑えていた」
「マルクス様…」

プリムローズは胸を打たれて涙ぐむ。

「パーティーで見かけた時は、幻かと思ったよ。ダンスを踊るそなたは美しく可憐で、おとぎ話のプリンセスのようだった。もう一度会えた喜びと、俺の手の届かないところに行ってしまった寂しさと…。色んな感情で心をかき乱された」
「そんな。わたくしはマルクス様から離れたりはしません。たとえお会いできなくても、いつも心はマルクス様のそばにありました」

プリムローズ…と、マルクスは切なげな表情になる。

「だがそなたに触れる男は、俺が最初で最後になりたかった」
「え?それは、どういう…」
「俺よりも先に、他の男がそなたに触れたなんて。みっともないとは分かっていても、醜い嫉妬に駆られてしまう」

マルクスは苦しそうに顔を歪めると、親指でそっとプリムローズの唇をなぞった。

プリムローズはハッとする。

「マルクス様、もしかして…?」

見られていたのだろう。
カルロスにキスをされたところを。

プリムローズはマルクスを見上げて、懸命に訴える。

「マルクス様、違います。わたくしが想いを寄せるのはあなただけです」
「それでも俺は、どうしてもあいつに…。すまん、プリムローズ。小さい男だな、俺は」
「違うんです!マルクス様。わたくしの、その…、ファーストキスの相手は、あなたなのです」

え…と、マルクスが目を見開く。

「そんなはずは…。俺はそなたに触れてはいない」
「はい。ですが、わたくしからあなたに口づけました」
「な、なにを…」

マルクスはもう、信じられないとばかりに言葉を失う。

「最初にここでお会いした日、マルクス様は大ケガを負って戻られました。覚えておいでですか?」
「ああ。左腕を斬られた時だな」
「ええ。わたくしとレイチェルとサミュエルで、必死に看病に当たりました。真夜中にマルクス様の熱がかなり上がって苦しそうで…。わたくし、なんとかマルクス様にお薬を飲んで欲しくて、口移しで…」

そこまで言うと、プリムローズは恥ずかしさに顔を伏せる。

「勝手に申し訳ありませんでした。あの時は、ただ必死で。お断りもせず、本当に…」

その刹那、プリムローズの顎をすくい上げたマルクスが、熱くその唇を奪った。

プリムローズは、何が起こっているのかと身体をこわばらせる。

マルクスは何度も何度も、想いをぶつけるように、プリムローズに覆いかぶさってキスをした。

やがてプリムローズの身体から力が抜ける。

ん…、とプリムローズが甘い吐息をもらすと、マルクスはプリムローズの背中に腕を回し、胸にかき抱いていた。
< 76 / 114 >

この作品をシェア

pagetop