野獣と噂の王太子と偽りの妃
「こんなにも嬉しいなんて。やっぱり俺は小さい男だ」

ようやく気持ちが落ち着いたマルクスは、そう言ってプリムローズに照れたように笑ってみせる。

プリムローズの唇に最初に触れたのが自分だと分かり、マルクスは心の底から喜びを感じていた。

「そなたからの初めてのキスを覚えていないのは、痛恨の極みだがな」
「いえ、あの。キスというよりは、看護行為と言いますか…」
「なんとでも言えばいい。そなたが俺に口づけたのは事実なのだからな」
「は、はい」

恥ずかしさにまた顔を赤らめたあと、プリムローズはしみじみと呟く。

「よかった。神様とお母様から、素敵な誕生日プレゼントをいただけて」
「誕生日?そなた、今日が誕生日だったのか?!」
「はい」
「そんな…。なぜ早く言わなかった?!何もお祝いできなかったではないか」
「いいえ。素敵な素敵な誕生日になりました。マルクス様に会えたんですもの」
「プリムローズ…」

マルクスに微笑んでから、プリムローズはゆっくりと口を開く。

「国王陛下に、しばらく宮殿で過ごして欲しいと仰せつかりました。ですが、近くにいてもマルクス様には会えなくて…。明日になれば、陛下にお願いして宮殿を出て行くつもりだったのです」
「そうだったのか。俺はてっきり、そなたは伯爵家に帰ったのだとばかり思っていた。だが、どうして父上はそなたにそんなことを?」
「はい。実はわたくしと陛下は、何度かこのお屋敷の庭園でお会いしていたのです」
「ええ?!そなたが、父上とここで?」
「マルクス様。国王陛下はマルクス様のことを心配して、庭師に変装して時々様子をうかがっていらしたのです」

プリムローズは、国王の言葉をマルクスに伝える。

「私にとってはマルクスもカルロスも、同じように大切な息子だ。マルクスが幸せになるにはどうすればいいのか、ずっと気がかりだったと、そうおっしゃっていました。己の命も顧みずに敵と戦うマルクス様が心配でたまらず、だから妃候補を募ることにしたのだと。愛する人ができれば無茶な振る舞いもせず、命を大切にして妃のところに帰って来るだろう。愛する喜び、愛される幸せを知って、人生を心豊かに生きていって欲しい。そう願っていらっしゃいました」
「父上が、そんなことを…。俺を追い出すつもりではなかったというのか?」
「はい。国王陛下は、どんな時もマルクス様のことを案じていらっしゃったのです」

マルクスは目を潤ませてうつむく。

「プリムローズ。俺は今、心から幸せな気持ちでいっぱいだ。ずっと胸にあったわだかまりが解けて、救われた。そなたのおかげだ。ありがとう、プリムローズ」
「そんな…。わたくしこそ、マルクス様と国王陛下には感謝の気持ちでいっぱいです」
「そなたを必ず幸せにしてみせる。俺の命をかけて」
「マルクス様…」

マルクスは表情を引き締めると、真剣にプリムローズを見つめた。

「改めてそなたにプロポーズする。俺と結婚して欲しい、プリムローズ」

プリムローズの胸は喜びで打ち震える。

「はい。わたくしもずっとあなたのそばで、あなたと一緒に幸せになりたいです。マルクス様」

マルクスは優しく微笑むと、そっとプリムローズの頬に手を添えて口づけた。

「十八歳の誕生日、おめでとう。プリムローズ」
「ふふっ、ありがとうございます。こんなに幸せな誕生日は初めて」
「来年はもっと幸せな誕生日にしてみせるよ」
「再来年は、もっともっと?」
「ああ。どこまでも幸せにしてやる」

ニヤリと笑うマルクスに、プリムローズは苦笑いする。

「あの、マルクス様?お手柔らかにお願いします…」
「もちろんだ。そなたにはどこまでも甘く、どこまでも深く愛してやる」

ひえっ!とプリムローズは思わずおののく。

だがマルクスが再び優しく両手で抱きしめてキスをすると、プリムローズはうっとりと夢見心地で身体を預けていった。
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