野獣と噂の王太子と偽りの妃
「マルクス、ちょっといいか」

会議室を出ると、またしてもカルロスに呼び止められて、マルクスは立ち止まる。

「なんだ?」
「場所を変えよう。腹を割って話したい」

そう言ってさっさと歩き出したカルロスに、マルクスは仕方なくついて行った。

廊下の角を曲がりソファが並ぶスペースに出ると、カルロスはくるりとマルクスを振り返り、挑発的な物言いで口を開いた。

「単刀直入に聞く。お前、国王の座を狙っているな?」

はあ?と、マルクスは思い切り眉間にしわを寄せる。

「ごまかしても無駄だ。でなければなぜ、シルベーヌに肩入れしたり、軍事会議を開いたりする?大方、自分は頭が切れると父上や皆にアピールして、次期国王には俺よりも自分がふさわしいと思わせる為だろう?」

マルクスは呆れて大きなため息をつく。

話しても分かり合えそうになく、適当にやり過ごそうかと思っていると、カルロスは更に言葉を続けた。

「結婚だってそうだ。なぜ急にそんなことを言い出した?これまでどんな女も寄せつけずに、さっさと追い払っていたくせに。身を固めて、一国の王にふさわしくなる為だろう?国民にも華々しくロイヤルウェディングを披露して、鮮烈な王族デビューを果たそうって魂胆か?その為にプリムローズを利用したんだ。彼女を愛してなどいないくせに」

マルクスは、身体に火がついたようにカッと熱くなるのを感じた。

鋭い目でカルロスを見据えると、右手を伸ばして胸ぐらを掴む。

「ほら見ろ。これがお前の本性だろ?涼しい顔でもっともらしいことを言っておきながら、いざとなれば暴力をふるうんだ」

マルクスはグッと奥歯を噛みしめると、カルロスから右手を離し、大きく息をついてから静かに話し始める。

「…カルロス。我が国の国境警備隊の隊員が何人いるか、知ってるか?」
「はあ?なんだよ急に。話をすり替えるな」

マルクスは気持ちを落ち着かせながら、真剣にカルロスに語りかけた。

「自分の身を案じる両親を振り切って、国の為にと入隊してくれたまだ十六歳の青年。幼い子どもと愛する妻を故郷に残し、家族の写真を肌身離さず持ち歩きながら戦ってくれている若い父親。身体に無理が効かないのに、少しでもこの国の未来と子ども達の為にとがんばってくれている六十代の隊員。一人一人がどんな想いで、今この瞬間も国境を守ってくれているか…。お前はそれを考えたことがあるのか?」

カルロスはハッと息を呑む。

「彼らの気持ちに応え、少しでも早く平和を取り戻したい。隊員達を全員、家族のもとに無事に帰したい。俺はただその一心で、自分に何ができるかを考えている。カルロス、次期国王はお前だ。国民に寄り添い、心を尽くす国王になってくれ」

それから、とマルクスは一度視線を落としてからまた顔を上げた。

「俺はプリムローズを心から愛している。言いたいのはそれだけだ」

スッと背を向けて去って行くマルクスに、カルロスは打ちのめされたように立ち尽くしていた。
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