野獣と噂の王太子と偽りの妃
「それでは行ってくる」
「はい。行ってらっしゃいませ、マルクス様」

シルベーヌ国への出発の日がやって来た。

屋敷のエントランスに見送りに出たプリムローズは、懸命に涙をこらえてマルクスに微笑む。

「プリムローズ」
「…え?」

ふいにマルクスの大きな右手で頬を包み込まれ、プリムローズは驚いて視線を上げる。

「無理して笑うな。泣くなら俺の胸で泣け。そなたが一人で涙を流すのは許さん」

一体何を…?と思った次の瞬間、プリムローズの目から一気に涙が溢れ出た。

「マルクス様!」

マルクスはプリムローズを抱きしめて優しく頭をなでる。

「プリムローズ。どこにいても、どんな時も、そなたを心から愛している」
「はい」
「毎晩星空を見上げてそなたに祈るよ」
「はい」
「戻って来たら、またデザートを作ってくれるか?」
「はい」
「ものすごく美味しい、腕利きのパティシエも舌を巻くオレンジの新作を頼む」
「はい…って、ええ?!」

思わず真顔で驚くプリムローズに、マルクスは、あはは!と笑う。

「冗談だよ。だがそなたが作るデザートは、間違いなく美味しい」
「マルクス様…。はい!新作のデザート、考えておきますね。たくさん作ってお帰りをお待ちしております」
「ああ」

笑顔で頷き合うと、マルクスはもう一度しっかりとプリムローズを抱きしめ、優しくキスをした。

「じゃあ、行ってくる」
「はい!お気をつけて」

軽やかにアンディに飛び乗り、颯爽と走り去るマルクスの後ろ姿を、プリムローズは笑顔で見送った。
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