野獣と噂の王太子と偽りの妃
異国の地
マルクスとサミュエルがシルベーヌ国に出発してから十日が経った。

プリムローズは日々新しいお菓子を試作し、夜はマルクスに祈りを捧げる。

レイチェルとも、お互い寂しいわね、どうかご無事で早く帰ってきて欲しいわねと励まし合っていた。

その日も、プリムローズはレイチェルと昼食を済ませてから、庭園の水やりをしていた。

「プリムローズ」

声をかけられて顔を上げたプリムローズは、驚いて目を見張る。

執事を従えた国王が、にこやかに片手を挙げてこちらに歩いて来るのが見えた。

「まあ!国王陛下。ご機嫌麗しく」
「やあ、元気そうだね」
「はい、お陰様で」
「警備体制も問題ないかな?何か困ったことは?」
「何もございません。大変良くしていただいております」
「そうか、それならよかった。プリムローズ、少し話をしてもいいかい?」
「もちろんでございます」

庭園のベンチに腰掛け、国王は花に目をやりながら話し出した。

「実はね、プリムローズ。そなた達を本殿の方に住まわせたいと思っているのだよ」

えっ…と、思わぬ話にプリムローズは顔を上げる。

「わたくしとマルクス様が、でございますか?」
「ああ。そなた達は正真正銘の王太子夫妻となる。離れの屋敷に住むべきではない」
「ありがたいお言葉ですが、わたくしには身に余るお話でございます。このお屋敷で充分ですので。それにマルクス様も…」

言葉を濁すと、国王は分かっているとばかりに頷いた。

「王妃とカルロスのことを気にしているのだろう?だがね、二人ともこの話には同意していた。マルクスが離れに住んでいることだけでも気になっていたが、プリムローズと結婚したあともそのままというのはいかがなものかと。今となってはマルクスが思っているほど、王妃にわだかまりはないのだよ。それにカルロスも、最近少しずつ考えが変わってきたようなのだ。王位継承権についても、思うところがあるようでね」

プリムローズはハッとする。

「王位継承権、でございますか?それは…」

まさか、マルクスに国王の座を?と、プリムローズは神妙な顔で視線を落とす。

「まあ、そこに関しては私の考えがある。今は何とも言えないがね。だがとにかく、そなた達には宮殿に住んでもらいたい。毎日我々と食事を共にして、少しずつ王家の絆を深めていけたらと願っている。プリムローズ、考えておいてくれるか?」
「はい。承知いたしました」

国王は頷くと、ゆっくりと立ち上がる。

「では、何か困ったことがあったらいつでも知らせなさい。マルクスが帰ってくるまで、留守を頼んだよ」
「もったいないお言葉、誠にありがとうございます」

プリムローズが深々と頭を下げると、じゃあね!と軽く手を挙げて、国王は本殿の方へと去って行った。
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