野獣と噂の王太子と偽りの妃
(王太子殿下は、野獣のような恐ろしい風貌ではなかったわね。確かに近寄りがたい雰囲気ではあったけれど)

そう思いながら、プリムローズはレイチェルに尋ねる。

「あの、他のご令嬢は今どちらにいらっしゃるのですか?既に何人もの方がこちらにいらっしゃったと聞き及びましたけれど」

するとレイチェルは、意外そうに顔を上げた。

「まあ、世間でも話題になっているのですか?」
「ええ。わたくしも詳しくは存じ上げませんが」
「そうですか…」

レイチェルは考えを巡らせるようにうつむいてから、再び顔を上げる。

「プリムローズ様。王太子殿下は先程と同じように、すべてのお嬢様方を即座に追い返してしまわれたのです」
「えっ、そうなのですか?」
「はい。プリムローズ様の時と全く同じセリフを告げられ…。お嬢様方は当然ながら皆様お怒りになられて、すぐにご自分のお屋敷に帰られました。こうしてゆっくり紅茶を召し上がったのは、プリムローズ様が初めてですわ」

言われてプリムローズは慌てふためく。

「まあ!それは大変失礼いたしました。わたくしも遠慮しなければなりませんでしたね」
「いえ!とんでもない。とても嬉しく思っております。他の皆様は激怒され、一刻も早くと、ここを立ち去られましたから」
「そうだったのですね」

プリムローズは視線を落として考え込む。

恐らく令嬢達は、即座に追い返されたと正直に話すのはプライドが許さず、王太子を非難するような噂を広めたのだろう。

確かに、妃候補を募っておきながらとっとと追い返すなど、令嬢達が頭にくるのも仕方ない。

(お父様とお母様も、私がすぐに追い返されると分かっていたのかしら。もしかしたら、金貨をいただけることも知っていて?)

だから母は、あんなにも自分にこの縁談を勧めたのだ。
父は、もしかしたら噂を信じて、王太子に暴力を振るわれることを心配していたのかもしれない。

とにかく、今自分も帰れと命じられている以上、呑気に紅茶を飲んでいる場合ではない。

(でも私は大人しく帰る訳にはいかないわ。なんとかしてここに留まりたい)

そこまで考えて、ふとある疑問が蘇る。

「あの、どうして王太子様はお妃候補を募っていらっしゃるのですか?すぐに追い返してしまわれるのに」

レイチェルは、ごもっともとばかりに頷いた。

「実はこのお話は、国王陛下のご意向なのです。王太子殿下に早くお妃様をと。ですが、王太子殿下には全くその気はなく。なので殿下は、いらっしゃるご令嬢にせめてもの罪滅ぼしとして、金貨をお渡ししているのですわ」

なるほど、とプリムローズは納得した。

「あの、プリムローズ様。わたくしからもお詫び申し上げます。大変ご迷惑をおかけいたしました。この日の為にお支度を整えて、綺麗なドレスもお召しになって来てくださったのに。本当に申し訳ありません」

頭を下げるレイチェルに、プリムローズは首を振る。

「いいえ、あなたが謝る必要はありません。ただ、お願いがあります」
「え?はい。どのようなことでしょうか?」
「わたくしは、どうにかしてここに留まりたいと思っています。わたくしをここで雇っていただけませんか?」

…は?と、レイチェルは目を丸くして固まる。

「えっと、あの。プリムローズ様?一体、何をおっしゃっているのですか?お妃様としてここに留まるのではなく、その…?」
「ええ。使用人として雇っていただきたいのです」
「ま、まさか、そんな!伯爵令嬢でいらっしゃるプリムローズ様が、そんなこと」
「お願いします。何でもいたしますから」
「いえいえいえ、だめです!とんでもない」
「では、王太子殿下に直接お願いさせていただけませんか?先程お出かけになられましたけれど、お帰りはいつ頃でしょう?」
「へ?あ、お帰りは夕方頃ですが。いやいや、だめです!そのようなお話、いけませんからね!」

必死に首を振るレイチェルに、プリムローズは肩を落とす。

「そうですか、かしこまりました。ではせめて、殿下がお帰りになるのを待って、ご挨拶してからここを発ちたいと存じます」

しょんぼりとするプリムローズにレイチェルは心苦しくなりつつ、二人で王太子の帰りを待つことにした。
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