野獣と噂の王太子と偽りの妃
一方シルベーヌ国にいるマルクスは、毎日サミュエルを連れて広い領土のあちこちを訪れ、国民の暮らしぶりや状況を確認していた。

「やはり人口が少ないな。それに子ども達の姿をほとんど見かけない」

サミュエルと馬を並べて、マルクスは村の様子を見て回る。

「そうですね。学校や施設も使われておらず、廃墟と化しています。このままにしておくのは治安の悪化に繋がるかと」
「ああ。だが解体したくても手が回らないのだろう。人々の活気がないのも気になる。それに今は姿が見えないが、どうやらギルガの手先が寝泊まりに使った形跡がある。このシルベーヌ国のあちこちは、既にギルガの息がかかっているな」

予想以上に厳しい事態に、マルクスは言葉少なに王宮に帰る。

国王に、いかがでしたか?と聞かれるが、マルクスはやんわりと言葉を濁した。

高齢の国王は、おそらく自分の足で各地を見て回ることはできないのだろう。

側近の誰も、国王に厳しい現実をそのまま伝えている様子はなかった。

それならば、よそ者の自分が何かを言うべきではない。

マルクスは客室でサミュエルと二人、難しい顔で話し合った。

「率直にどう思った?サミュエル」
「そうですね…。ギルガの侵略は別にしても、シルベーヌは多くの問題に直面しているかと。広大な土地を所有していても、住む人がいなければ荒れ地になるだけです。厳しいことを申し上げますと、衰退していく国、と言わざるを得ない状況ですね」

じっと耳を傾けていたマルクスも頷く。

「だがこのままにはさせない。この先、もしシルベーヌが自ら衰退、もしくはギルガに制圧されたとしたら、どちらにしろカルディナにとっては打撃だ」
「では、どうなさいますか?殿下」

サミュエルの言葉に、マルクスは腕を組んで考えを巡らせる。

「サミュエル。我がカルディナは、喜ばしいことに年々人口が増加している。だが土地が狭く、このままでは飽和状態となる。そして自給自足率も低い。他国からの輸入に頼り過ぎている。そこでだ」

マルクスが身を乗り出すと、サミュエルも頷く。

「カルディナからシルベーヌへの移住を国民に推奨する」

えっ!と、思ってもみなかったマルクスの言葉に、サミュエルは思わず声を上げる。

「カルディナの国民が、このシルベーヌで暮らしていく、ということですか?」
「そうだ。カルディナとシルベーヌは、言語と通貨は共通しているし、平和主義や思想も似ている。隣の国同士、自由に行き来できるようにし、国の垣根を超えて、互いに国を良くしていけたらと願う」
「それは、シルベーヌをカルディナが統治するということでしょうか?」
「いや、そうではない。あくまでもシルベーヌ国はそのままであり続ける。強いて言うなら、パートナーシップを結び、シルベーヌとカルディナは互いに協力し合う国だと認め合うんだ」

サミュエルはしばし視線を外してから、また顔を上げた。

「カルディナから希望者を募ってシルベーヌに移住したとして、その後の政治経済は誰が舵を取りますか?法律や制度なども細かく整備しなければなりません」
「確かに多くの課題や困難があるのは予想できる。だが互いに足りないところを補い合い、共に幸せで豊かな国を作っていく。二つの国は対等で心は一つだ。その想いさえ忘れなければ、道は開けると俺は思う」

マルクスの言葉を、サミュエルは噛みしめるように頭の中で何度も繰り返す。

そして顔を上げ、しっかりとマルクスに頷いてみせた。

「殿下のお心のままに。私はこれからも、殿下に忠誠を誓います」
「ありがとう、サミュエル」

頼もしき味方に力をもらい、マルクスは更に想いを強くした。
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