野獣と噂の王太子と偽りの妃
「なんですと?マルクス殿。そのようなことが現実になると?」
「はい。現実にしてみせます、国王陛下」

翌日。
シルベーヌ国王に話をすると、予想通り、驚きと戸惑いの返事が返ってきた。

「我がシルベーヌにとっては、正直申し上げるとありがたい。カルディナの国民がこの国に住み、酪農や農業、漁業を手伝ってくれれば、我々は活気を取り戻すだろう。だがカルディナにとってはいかがなものか?慣れ親しんだ故郷を捨てて、異国のこの地に住むなどと、誰も望まないのではないか?」

マルクスは、考えながら口を開く。

「急がずじっくり時間をかけ、長い目で見ていきましょう、陛下。まずは完全移住ではなく、出稼ぎのようにこの地に働きに来るだけでもいい。少しずつシルベーヌのことを知り、ここに住んでもいいと思える人がいれば、受け入れる。手探りではありますが、臨機応変に対応し、その都度考えていきましょう」

国王はしばし考えてから、なるほどと頷く。

「そうだな。働き口はここにはたくさんある。もしカルディナの民で、仕事を探していたり、田舎暮らしに興味がある、もしくは酪農や農業を好む者がいるなら、試しにここに来てみて欲しい。我々はいつでも歓迎する」
「はい。ありがとうございます、陛下。この内容を盛り込んだ友好条約を結び、まずは私がこの地に居を構えたいと存じます」

マルクスの言葉に、国王は驚いて目を見張った。

「なんと、そなたが?それはいかん。一国の王太子殿下が異国の地に住むなど、前代未聞だ。そなたの父上とて、お許しになる訳がない」
「異国という概念を、まずは取り去りたいと存じます。その為には、私が先陣を切るのがよろしいかと。それに私は完全に移住する訳ではございません。あくまでこの地を視察に来た際の拠点を構える、という意味合いでございます」

そうか…と、国王は顎に手をやってしばし考えを巡らせる。

「マルクス殿。ここよりもカルディナの国境に近い位置に、今は使っていない宮殿がある。直ちにそこを手入れさせよう。そなたの拠点として自由に使って欲しい」
「よろしいのですか?」
「ああ。但し、カルディナ国王がお許しになればの話だがな」
「かしこまりました。早急にこの話を持ち帰り、カルディナの方針を固めたいと存じます」
「ああ。互いにとって良い道が開けるよう、我々もあらゆる方法を考えてみるよ」

そしてマルクスとサミュエルは、一度カルディナに帰国することとなった。
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