野獣と噂の王太子と偽りの妃
厳かな雰囲気の中、プリムローズはこれまでの道のりを振り返りながら、一歩一歩深紅のバージンロードを踏みしめる。

母を知らずに育ち、継母と異母妹に遠慮しながら過ごした日々。

自分がいない方が皆の為だと腹をくくり、恐ろしいと噂の王太子のもとへと向かったあの日。

冷たくあしらわれながらも、ケガをしたマルクスを看病し、いつの間にか心を通わせていた。

危険な目に遭ったり、マルクスに遠ざけられたりしながらも、どうしても諦める気にはなれなかった。

今思うとその時にはもう、マルクスのいない人生など考えられなかったのかもしれない。

そんなことを考えつつ、数少ない列席者の近くまで来た時、エステルの戸惑った声が聞こえてきた。

「え、ほんとにプリムローズ?すんごい綺麗なんだけど!それに王太子様も野獣じゃないし。しかも国王陛下のお隣にいらっしゃるのも王太子様?どういうこと?」

プリムローズは思わずクスッと笑う。

(エステルったら。王太子様が野獣みたいだって噂、まだ信じてたのね。じゃあ今日も、正装した野獣を想像してたのかしら?)

頭の中に、二本足で立っているタキシード姿の野獣が思い浮かび、プリムローズはまた小さく笑みをもらす。

そっと視線を上げると、祭壇の前には野獣どころか、おとぎ話から抜け出した王子様のようなマルクスが、優しくプリムローズを見守っていた。

(マルクス様、なんてかっこいいのかしら…)

ロイヤルブルーのロングジャケットの胸元には王家の紋章。
両肩にも黄金の肩章と飾り。
腰のサッシュベルトは高い位置にあり、マルクスの足の長さを印象づけている。

余りに高貴で凛々しいマルクスの姿に、プリムローズは緊張して視線を落とす。

ゆっくりと歩を進めていた父とプリムローズは、遂にマルクスのもとにたどり着いた。

深々と頭を下げた父が、プリムローズの手をマルクスに託す。

マルクスはしっかりとプリムローズの手を取り、優しく微笑んだ。

「プリムローズ、とても綺麗だ」
「ありがとうございます。マルクス様も、とても素敵です」

視線を落としたまま顔を赤くするプリムローズに、マルクスは目を細める。

「プリムローズ。見惚れるほど美しく、初めて恋に落ちたように初々しくて可愛いな」

途端にプリムローズの頬は更に真っ赤になった。

「プリムローズ…、可愛過ぎる。その辺にしておいてくれ。でないと我慢できなくなる」
「え?何の我慢ですか?」
「そなたをここで押し倒したくなる」

ひえっ!とプリムローズは身をすくめた。

「マルクス様、その、式の最中ですので」
「ああ、そうだな」

慌てて真顔に戻って正面に向き直り、二人はゆっくりと祭壇を上った。
< 97 / 114 >

この作品をシェア

pagetop