野獣と噂の王太子と偽りの妃
「それでは。マルクスとプリムローズの結婚を祝して。乾杯!」

国王に続いて皆も、乾杯!とグラスを掲げる。

挙式のあと宮殿の広間で、両家の家族が顔を揃えた食事会が開かれていた。

国王は終始にこにこと嬉しそうで、王妃やカルロスもリラックスしているが、ローレン家の一同はガチガチに緊張している。

「ローレン伯爵。これを機に宮殿での役職をそなたに授けたいと思うが、いかがかな?」

国王の言葉にハッとして顔を上げ、プリムローズの父は急いで首を振る。

「いえいえ!わたくしには身に余るお話でございます。伯爵とは名ばかりの田舎者でございますゆえ」
「そうかい?プリムローズも父上も、謙遜ばかりだな。だがもし気が変わったらいつでも知らせて欲しい」
「ありがたきお言葉にございます、陛下」

国王は頷くと、優雅にナイフとフォークを使いながら、今度はマルクスに話しかけた。

「そなた達、出発はいつなんだ?」
「はい。来週にはシルベーヌに発ちます」

すると王妃が手を止める。

「まあ、そんなに早く?結婚の行事はどうなるの?国民へのお披露目だってあるのに」

マルクスも手を止めて王妃を見た。

「国民へのお披露目はいたしません。国民の誰もが、王太子はカルロス一人と思っていますので」

エステルが、まさにそう思っていたとばかりに、小さくウンウンと頷く。

「だからこそよ。あなたが王太子であることを知らせる良い機会だわ」
「いいえ、母上。敢えて知らせる必要はないと思います。私もプリムローズも、これからシルベーヌで暮らす訳ですから」

でも…と王妃が視線を落とすと、隣に座るカルロスが口を開いた。

「マルクス。いずれはカルディナの国民がシルベーヌで働き、移住することになる。その際には、お前が正真正銘カルディナの王太子であることを国民に知らせる。そうすれば国民も安心して、シルベーヌに向かえるからな。それでいいか?」

マルクスはしばし思案した後、大きく頷いた。

「分かった。国民にとって少しでも安心材料になるなら」
「必ずなる。それからマルクス。カルディナは俺が守る。お前はシルベーヌを守れ。そして二つの国を共に豊かにしていこう。国の垣根を超えて、多くの国民が幸せに暮らせるように」

マルクスは驚いたように目を見張ると、顔をほころばせてしっかりとカルロスに頷く。

「ああ。共に同じ未来を描き、協力していこう。よろしく、カルロス」

カルロスも、ふっと笑みをこぼす。

「こちらこそ、兄上」

二人のやり取りに、プリムローズも心からよかったと微笑む。

国王は、感慨深げに何度も頷き、王妃は目頭を押さえていた。
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