『ブレッド』 ~フィレンツェで出会ったのは美しい薬剤師だった~ 【新編集版】
序章(Ⅰ):古の時代
メソポタミア(小麦の発見)
古の時代
1
見渡す限りの草原が広がっていた。
二つの大河に挟まれた肥沃な土地には実を付けた草が生い茂っていたが、それが野性の麦だと知っている者は誰もいなかった。
だからそれが食料になるとは露ほどにも思わなかった。
そんな物よりも血の滴る肉の方が大事だった。
まだ農耕を知らない彼らはティグリス川とユーフラテス川に挟まれた三日月地帯で狩猟に明け暮れていた。
お腹を空かせた女が野性の麦の実をいくつか取って口に入れた。
しかし硬くて食べられなかった。
すぐにペッと吐き出すと、それを鳥が啄んだ。
女は目を疑ったが、実がすべてなくなったのを見て、鳥にとってはおいしいものだと気がついた。
それで今度は多くの実をばら撒いた。
すると鳥が舞い降りてきて瞬く間に啄み尽くした。
それを見てお腹が鳴った。
もう限界だった。
穂からしごいた実を噛まずに飲み込んだ。
しかし、なんの味もしなかった。
腹も膨れなかった。
興味を失って立ち去ろうとしたが、何故か後ろ髪をひかれた。
それがどうしてなのかわからなかったが、このまま手ぶらで帰るのがはばかられた。
もう一度穂からしごいて両手いっぱいにして住まいに持ち帰った。
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見渡す限りの草原が広がっていた。
二つの大河に挟まれた肥沃な土地には実を付けた草が生い茂っていたが、それが野性の麦だと知っている者は誰もいなかった。
だからそれが食料になるとは露ほどにも思わなかった。
そんな物よりも血の滴る肉の方が大事だった。
まだ農耕を知らない彼らはティグリス川とユーフラテス川に挟まれた三日月地帯で狩猟に明け暮れていた。
お腹を空かせた女が野性の麦の実をいくつか取って口に入れた。
しかし硬くて食べられなかった。
すぐにペッと吐き出すと、それを鳥が啄んだ。
女は目を疑ったが、実がすべてなくなったのを見て、鳥にとってはおいしいものだと気がついた。
それで今度は多くの実をばら撒いた。
すると鳥が舞い降りてきて瞬く間に啄み尽くした。
それを見てお腹が鳴った。
もう限界だった。
穂からしごいた実を噛まずに飲み込んだ。
しかし、なんの味もしなかった。
腹も膨れなかった。
興味を失って立ち去ろうとしたが、何故か後ろ髪をひかれた。
それがどうしてなのかわからなかったが、このまま手ぶらで帰るのがはばかられた。
もう一度穂からしごいて両手いっぱいにして住まいに持ち帰った。