『ブレッド』  ~ニューヨークとフィレンツェを舞台にした語学留学生と女性薬剤師の物語~【新編集版】
 日本食のブースの前は人だかりができていた。
 特にヤキソバの前は長い行列になっていて時間がかかりそうだった。
 早く並ばなくては、と思った時、「何が食べたい?」とアントニオが奥さんに訊いた。
 すると「タコヤキ」とすぐに返事が返ってきたので、「僕が並びます」とすぐさま列の最後尾に並んだ。

 10分ほど並んで4箱買って戻るとルチオが50ドル札を差し出したので、弦はいらないと手を振った。
 電車代をルチオに出してもらっていたからだ。
 しかし、「子供が遠慮するもんじゃないよ」とジーンズのポケットに札をねじ入れたので仕方なく抵抗するのを止めてお釣りを差し出した。
 すると、今度はルチオが手で制した。
 困った弦はアントニオに助けを求める視線を送ったが、返ってきたのは頷きだけだった。
 貰っておけよ、というふうに。

「さあ、熱いうちに食べましょう」

 その話はおしまいというように奥さんが芝生を指差すと、そうだそうだというように頷いたルチオが座って、皆も座るようにと手で促した。3人は円を描くように腰を下ろした。

「こんなおいしいものを考える日本人って素晴らしいわ」

 たこ焼きを頬張った奥さんが至福の表情を浮かべると、「甘辛いタレが最高だしね」と アントニオがハフハフしながら目を細め、「サクラも綺麗だし」とルチオが花を愛でた。

 本当にいい人たちだな~、

 思わず呟いたその声が聞こえたのか、奥さんが柔らかな笑みを投げかけてきた。
 その目は実の母親のように優しく穏やかで、ここが異国の地だということを忘れさせるものだった。

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