『ブレッド』  ~ニューヨークとフィレンツェを舞台にした語学留学生と女性薬剤師の物語~【新編集版】
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 翌朝、アンドレアとサンドロはチンジャ・デ・ボッティに帰っていったが、弦はフィレンツェにとどまった。
 パンの研修というのが表向きの理由だったが、本当は違っていた。

 10時の開店を待ちかねるようにしてサンタ・マリア・ノヴェッラ薬局へ行った。
 しかし、弦の目当ての人はそこにいなかった。
 休憩中かもしれないと思ってカウンターで訊くと、今日はお休みだというつれない返事が戻ってきた。
 その上、明日も休みだと付け加えられたので困惑してしまった。明後日の午前中の電車で帰らなくてはならないからだ。
 二度と会えないままこの地を離れると思うと、落胆は大きかった。
 しかし、どうすることもできず、礼を言って薬局をあとにした。

 一気に気力が落ちた弦の足取りは重く、旧市街にある立派な教会や歴史的価値のありそうな建造物や広場に陳列された見事な彫刻などを見ても気持ちは上向かなかった。
 もうどうでもいいという感じになっていた。
 しかし、お腹が鳴って我に返り、ベーカリーの見学だけはしておかなくてはならないと気を取り直した。

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