『ブレッド』  ~ニューヨークとフィレンツェを舞台にした語学留学生と女性薬剤師の物語~【新編集版】
 運転手の最後の言葉に救われたフローラだったが、沈鬱な思いが消えたわけではなかった。
 仙台から東京に向かう新幹線の指定席に座ると、実際に見た凄まじい光景と運転手の話が蘇ってきた。
 想像をはるかに超える惨事を目と耳にした衝撃は余りにも大きかったし、イタリアで見聞きしていたことがいかに表面的なものだったかということを思い知らされた。
 現地に行かなければ本当のことはわからないと知ってはいたが、これほどの乖離があるとは思っていなかった。

 前の座席の背面から引き出したテーブルの上には弁当とお茶が置かれていた。
 しかし、買ったままの状態で鎮座し続けていた。
『牛たん弁当』という大きな文字が開封を促していたが、フローラの手が伸びることはなかった。
 食欲はゼロというよりマイナスになっていた。

 どれくらいかかるのかしら……、

 復興への長い道のりに思いを馳せたが、想像の遥か先にしか出口が見えないような気がして気持ちが重くなった。
 被害は余りにも大きく、その範囲は広かった。
 それだけでなく、原発事故のことがある。
 廃炉作業には何十年もかかるだろうし、想定外のことが起これば更に長引く可能性だってある。
 そうなれは、復興が遅れるだけでなく、風評被害も続くことになる。
 被災地の人たちの有形無形の負担はこの先もずっと続いていくのだ。

 願うことしかできない、

 自らの非力に歯がゆさを覚えながらも、背面テーブルの上に両肘を乗せて両手の指を組み合わせて額を付け、東京駅に着くまで祈り続けた。

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