『ブレッド』  ~ニューヨークとフィレンツェを舞台にした留学青年と女性薬剤師の物語~【新編集版】
 少し客が減ってきた。
 来店のピークが過ぎたようだ。
 フローラは息抜きを兼ねていつものように店内を巡回し、いつもの場所で立ち止まった。
 小さなミュージアムだ。
 かつて製造所や倉庫として使われていた場所には歴史的な製造道具や機械たちが展示されていて、見つめる先には大昔のフラスコがあった。
 視線を移すと、今では見ることのない古い(はかり)やアンティークな陶器などが誇らしげに並んでいる。
 これで薬の成分を量って調合に用いたのだろう。
 この棚を見ていると、大先輩たちの働く姿が瞼に浮かんでくる。

 この薬局は修道士たちによって栽培された薬草を院内の医務室で使うために薬や香油、軟膏などに調合をしたのが起源とされている。
 それが1221年というから800年という長い歴史が刻まれていることになる。
 その後、一般向けの薬草店として営業を開始するようになったのが1612年で、それからでも400年の時を刻んでいる。
 その間にはフローラの祖先もかかわりを持ったようで、そのことを祖母から何度も聞かされた。
 メディチ家の栄枯盛衰と共に。

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