『ブレッド』  ~ニューヨークとフィレンツェを舞台にした留学青年と女性薬剤師の物語~【新編集版】
 フローラが勤めるサンタ・マリア・ノヴェッラ薬局はフィレンツェ以外にも世界各地で店舗を展開している。
 イタリアの主要都市に加えて、フランス、スペイン、ベルギー、イギリスに店舗を構えるにとどまらず、アメリカ、台湾、韓国、タイ、フィリピンなどへも進出している。
 もちろん、日本にも旗艦店となる銀座店など複数の店舗を置いている。
 そのせいもあってか日本人観光客の来店も多いので日本語のパンフレットを用意しており、ほぼA3サイズのそれは表が商品リストになっていて裏には薬局の歴史が記されている。
 
 突然、責任者から呼ばれた。
 日本人客への応対依頼だった。
 急いでカウンターへ向かうと、そこには中年の日本人女性が2人立っていた。
 丁寧に挨拶をしたのち、それぞれにパンフレットを渡した。

「高品質な天然原料に拘って製品を作っております。その製造方法は修道士たちが築き上げた伝統的な手作りの技と製法を現在に継承したものです。そして薬草調合から始まった製品開発は時代と共にラインナップを広げて多種多様な製品を取り揃えるまでになりました。こちらにありますように『古くからの調合品』『リキュール』『オーデコロン』『香水』『ピュアエッセンス』……」

 一通り製品説明をしてからパンフレットを裏返した。

「こちらで薬局の歴史をご紹介しております。800年にも渡る時の流れを感じていただければ幸いです」

 パンフレットを持つ2人は共に目を大きく開けてフローラを見つめていた。
 それは今まで応対してきた日本人に共通する反応だった。
 日本語の余りの上手さに驚いているのだ。

「日本に住んでいたの?」

 背の高い方の女性が、そうに違いない、というような口調で訊いてきた。

「いえ、一度も行ったことはありません」

 すると、あら、というような表情を浮かべた背の低い方の女性がフローラの顔をまじまじと見つめた。

「もしかして、お父様かお母様が日本人?」

「いえ、2人ともイタリア人です」

「じゃあ、どこで日本語を勉強したの?」

 背の高い方の女性が畳みかけてきたので「ビデオです」と答えると、小さな頃のことが鮮やかに蘇ってきた。

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