『ブレッド』  ~ニューヨークとフィレンツェを舞台にした留学青年と女性薬剤師の物語~【新編集版】
 すべては竈から始まった。ローマ神話に登場する女神にも『竈の神』がいる。『Vesta(ウェスタ)』だ。竈から転じて家庭や結婚の守護神とも言われ、処女神とされている。
「私はパン職人になるために生まれてきたのよ」
 それがウェスタの口癖だ。製薬会社の研究職を諦めた頃と違って、最近はパン職人を天職と思っているようだ。
 確かにその通りだとフローラは思った。彼女が処女である可能性は万が一にもなかったが、竈の神であることに疑いを持つことはなかった。
 さあ、食べよう、
 頭の中からウェスタの姿を追い出して、パンを置いた皿に手を伸ばした。そして、スライスしたチャバッタを塩を混ぜたオリーブオイルに付けて口に入れた。
 ん~最高!
 色々な具材を挟んでパニーノにして食べるのを好んではいるが、朝はシンプルな食べ方が一番気に入っている。
 次は……、
 フォカッチャとグリッシーニのどちらにしようか迷いが生じたが、皿の上の生ハムがグリッシーニを指名した。
 そうなのよ。生ハムを巻いたグリッシーニは最高なの。
 独り言ちたフローラは、スティック状のグリッシーニを半分に折って生ハムを巻いて口に入れた。
 これよ、これ!
 頬を緩めて皿のオリーブを一つ摘まんで口に入れると、たまらなくワインが欲しくなった。しかし、テーブルの上にはミルクしかないので我慢するしかなかったが、それは明日のディナーで解消されることになっている。ウェスタと食事をする約束をしているのだ。
 最後はこれね、
 気を取り直して穴にオリーブが入ったフォカッチャにかぶりついた。そして、スライスしたモッツァレラチーズとトマトを口に運ぶと、余りのおいしさにため息が出た。
 う~ん、たまらない。最高のコラボレーション!
 口福至福で朝食を終えた。

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