エッセイ書いてみよ
2 ゲーム
私は呟きのアプリでオタクを披露しています。
いきなり何言ってんだ、と思われるかもしれませんが、私はオタクです。
その中でも、某テニス漫画と刀のゲームのお話をすることが多いです。
両方ともアプリゲームをスマホに入れていて、毎朝、起きてからのコーヒータイムで遊んでいます。
私は二つ年下の弟がいます。
小学生の頃クリスマスプレゼントにもらった据え置き型ゲーム機で、二人で配管工の方のゲームやモンスターをボールでつかまえるゲームもしていましたね。
ただ私は小学生の頃はオタク趣味的なことを堂々と言えるタイプではなかったので、ゲーム友達なんかはいませんでした。
それから私は特にハマるゲームもなく、もっぱらアニメや漫画のオタク。
今もパソコンゲームなんかはちんぷんかんぷんです。
めちゃくちゃゆるーくオタクをしていた、七年前のこと。
ケータイ小説サイトで知り合った友達(相棒です)から、刀のゲームの布教をされました。
当時の私はゲームには一切興味がなく、そもそも自分がゲームにハマる機会がなく来たので、向いていないと思っていました。布教されても『う~ん、ゲームはな~』とすぐにインストールしたり、見たりはしませんでした。
そして来る夏、夜中に目が覚めた私はたまたテレビをつけて――刀のゲームのアニメと出逢ったのです。
あまりの美しさに惚れた私は、その次の週もアニメを観ました。
三週間後には、ゲームをインストールしていました。
それから始まる審神者(さにわ・刀のゲームのプレイヤーのことです)としての生活。
めちゃくちゃ楽しい。
元々歴史が好きなので刀の歴史を知るのも楽しいし、審神者さんたち本当面白くて素敵な人が多いので、呟きとか見るのも楽しい。
神社や博物館がコラボたくさんしてくれるので観光も楽しみになります。
私は今年で審神者就任七周年、ゲーム自体は九周年なので、初期の頃の様子は先輩審神者さんのお話で知るしか出来ませんが、初期の審神者さんは霞を食べて生きていたらしいです。憧れます。(訳・公式からのイラストなどの供給が少なすぎて、パンくずから城を建てる人たち、と言われていたそうです)
今も新たなイベントが始まろうとしています。
そんなこんなで、毎朝のゲーム時間は、私には欠かせないものとなっています。
推し活って何も残らないとか、依存しているだけとか言われることもありますが、私は推しがいるから、今を生きていられると思います。
それだけ現実って辛いし、苦しいし、大変。
現実だけを見て、形あるものだけを手にしている生活では、私はとっくに枯れてすっからかんになっていたと思います。
推しにお金を使い過ぎて生活に影響が出るほどはおすすめしませんが、推しって結局『好きなもの』なんだと思います。
絵画を見るのが好きな人、クラシック音楽を聴くのが好きな人が、美術館や演奏会に行くような感じでしょうか。
色々な『好き』がありますよね。
自分の『好き』を否定されたら悲しいように、誰かの『好き』も否定しない世間だといいなあと思います。
その『好き』はオタ活や推し活だけでなく、服の好みや、好きなお菓子なんかでも。
補足しますと、私は基本ゲームに課金はしていません。
新キャラや新カードを入手することに全力ではないからです。
課金は、テニス漫画のゲームで月額制のファンクラブに入っているくらいです。
ほかにはグッズを少しですが購入したりしますね。
そんな感じで、今日もゆるーく早朝にゲームをするのです。