大っっ嫌いなアイツとケンカしてたらパラレルワールドに来ちゃいました!
 

 ――翌日。
 私は桐島くんに屋上へ呼び出された。
 人生最難関を乗り越えたお陰か、お互い晴れ晴れとした表情をしている。
 二人は手すりに手をかけて校庭を見つめたまま向かい風を浴びた。

「実は今朝、両親に話したんだ。俺が大学を目指してる理由を」
「うん……、それで?」
「うちには跡継ぎがいない分、難色を示していたけど……。最後は理解してくれたよ。大学に進学してもいいって」
「えっ!! よかったね、おめでとう!!」
「ありがとう。お前のお陰だよ。科学研究員を目指したいって思ったのは」
「へっ?! わっ、私も同じなんだけど……」

 まさか桐島くんと同じ夢にたどり着くなんて思いもよらなかった。
 パラレルワールドにいる間はひとことも科学研究員になりたいなんて告げなかったのに。

「えっ、お前も?」
「うん。パラレルワールドについて研究したいから。昨日までの経験を活かして困っている人を助けていきたいし」
「俺も。頑張った先にはちゃんとゴールが待ち受けていることを伝えていきたい。……だからさ、これから一緒に勉強頑張んない?」
「へっ……?」

 ドックン……ドックン……。
 も、もしかしてこの流れは……告白?!
 そうだね。間違いないよね。
 このパターンって、もしかして、もしかして……。

「あっ、あっ……ってか、えーっと……。だから、俺と付き……」

 話の流れが思いもよらぬ方向に導かれて、胸をバクバクさせながら次の言葉を待っていると、

「ほっ、堀内さん、桐島くん……。パッ……、パラレルワールドから、おかえりなさい……」

 背後から聞き慣れた声が弱々しく届けられた。
 夢の世界から引き戻された私たちは同時に振り返ると、そこには背筋を丸めた佐神先生が立っている。
 見慣れた顔が視界に入った途端、二人同時に駆け寄った。

「佐神先生。色々とありがとうございました」
「先生のお陰で無事に戻って来れたよ」
「それは……、良かったですね……。お疲れ様でした」

 そこでなにか様子がおかしいと思い、先生に訊ねた。

「先生、なんかいつもとは別人みたいなんですけど……」

 首を傾けながら問うと、桐島くんは横から肘を突いた。

「おっ、おい! 忘れたのか? 向こうの桐島先生と性格が反転してるということを」
「あっ!! そうだった。すっかり忘れてたよ」
「君たちも別人みたいですね……。いい意味で」
「えっ?」
「……それって、どういう意味だろう」

 私たちが不在だった間も、この世界にはちゃんと時が流れていた。
 向こうの世界の私たちが、どのような考えを持ってパラレルワールドに帰っていったのかわからない。
 でも、私たちのストーリーはどこかで繋がっている。
 そして、再び元の世界に戻って新しい自分と向き合うことになるだろう。

「あ! 思い出した。パラレルワールドの佐神先生からこの世界の佐神先生宛に手紙を渡してくれと頼まれてたんだった」

 私は例の手紙をポケットから取り出して先生に向けた。
 すると、彼はその手紙を受け取って中を開く。

「……私……の……。こう……」

 彼は首を傾げながら手紙を読み上げるが、たどたどしい日本語でどうも様子がおかしい。
 パラレルワールドの佐神先生に『決して中を開けちゃいけないよ』と約束されていたからどうしようかと思ったけど、あまりにも読むのに手間取っていたので横から手紙を覗き込んだ。

「先生! 『私の後輩をよろしく』って書いてあるのに読めないんですか?」
「で、でも……。文字が左右反転してるのでそんなすぐには……」

 すらりと読み上げてしまったけど、それは私がパラレルワールドに慣れ過ぎてしまったから。
 私自身は反転文字に違和感はなかったが、この世界の人間は認識するのに時間がかかる。
 そこで思った。
 萌歌が昨晩手鏡を持って何か言おうとしていたことを。
 あの時は、元の世界に戻った時のことを考えて手鏡をデコレーションしたのにね。

「あはっ、あははははっ。私たちのことをよろしくお願いします! 先輩っっ!!」
「よろしくお願いしますよ。佐神先生!」
「き、君たち……。あは、あはははは……」


 ――私たちは、ある日パラレルワールドに吸い込まれてしまった。
 最初は運命のいたずらだって思っていたけど、本当はそうじゃない。
 それぞれが未熟な人間だったから、変わる機会を与えてもらったんだ。
 最初は慣れない世界に四苦八苦したけど、それはお互いを価値を見出し、認め合い、そして絆を深めていく為の試練の場だったのかもしれない。 

 パラレルワールドに行った者しかわからない真実があるのなら、この先未知なる部分を解明していく余地がある。
 そして、不意にパラレルワールドに送り込まれてしまった誰かの力になれるように、これからしっかり学んでいきたいと思う。 

 だって、私のいまは”二つの世界”として確かに存在しているのだから。


【完】

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