死んでも愛は生きている!
翌朝、一花はいつもよりだいぶ早く学校に行った。この時間に敬人がいるかどうかは分からないが、なんだかいる気もした。まだ誰もいない閑散とした昇降口に入り、下駄箱を開ける。
──そこには手紙が入っていた。驚きで身体が固まる。きっとこれがそうに違いない。手紙といってもメモ用紙で、書かれていたのは二行のみ。
『校舎裏に来て下さい。大事な話があります』
プリントを集めた時にちらりと見えたことがあるから分かる。これは敬人の字だ。
一花は外に飛び出し、駆け足で校舎を回った。こんな回りくどいことをしなくても、手紙に話の内容を書けばいいものを。
角を曲がると、男子生徒の後ろ姿が見えた。一花の足音で振り向いた彼は、確実に小羽敬人だった。生前と同じ制服を着ている。
思わず足が透けていないか見たが、ちゃんと地面についていた。
「小羽くん、だよね?」
「はい、そうです」
ちゃんと言葉も通じた。あの薬、凄すぎる。
「彼岸さん、お久しぶりです。わざわざ手間かけさせてすみません。手紙やLIMEでも済んだんですが、僕がどうしてもこうしたくて」
大人しそうに見えて案外喋る人だった。お久しぶりって、ノリが軽いな。聞きたいことは色々あるが、まず真っ先に確認したいことがあった。
「えっと、幽霊とか言っても問題ないかな」
「勿論。正真正銘幽霊なので」
「じゃあ聞くけど、幽霊なのに手紙書いたりLIME打ったりできるの?」
「はい。僕、物持てる系の幽霊なので」
この幽霊も幽霊で凄すぎる。
「でも同じ生き物である人間には触れられないみたいなので、安心して下さい。彼岸さんには指一本触れません」
「そっか、分かった」
よく分からないが、分かったことにしておいた。
こんなに会話するのも、彼岸さんと呼ばれるのも初めてだ。どこか上の空でそう思っていると、敬人はもじもじと身体をよじり始めた。
校舎裏、走る緊張──鈍感気味な一花も、流石に察するものがあった。でもまさか、そんなことがあるとは。
「えっと、単刀直入に言います。僕は彼岸さんのことが好きです」
予想通り、彼は告白した。予想していても衝撃であることに変わりはなかった。固まる一花を見て、敬人は苦笑する。
「突然すぎますよね。しかもこんな変な形になっちゃって。それでもどうしても伝えたかったんです」
二回目の、『どうしても』という言葉。アスファルトの上に立った自分の足元を眺めながら、敬人は語った。
「僕はずっと彼岸さんが好きでした。同じクラスになる前から。気付かれないように常に目で追っていました。でも話しかける勇気はありませんでした。明日になったら、機会があったら。そうして後回しにしているうち、とうとう一言も交わすことなく、一生を終えました」
本人の口からその事実を聞くと、居た堪れない気持ちになる。気まずい空気を察するように、敬人は顔の前でヒラヒラ手を振った。
「いやでも、余程未練があったのか生き返っちゃったんですけどね」
未練って怖い。何なら死より怖いかもしれない。
「確実に死んでて、人には見えてないし、食べなくても寝なくても大丈夫なんですけど、感覚的にはまだ生きてるんです」
ひと呼吸置いて、敬人は続けた。
「それをいいことに、僕はあなたをストーカーしてました」
最悪だ。幽霊だからといって許されることではない。
「といっても学校だけでですけどね。教室のロッカーに座って、授業を受けたり友達と話したり給食を食べている彼岸さんの後ろ姿を眺めていました」
──あれ、それだったら。
「他の怪奇現象は?」
「あぁそれは、黙って見過ごせなくてつい手伝ってしまって。ぶつかったりつまずいたり障害物を退かしたり、落とし物を拾ったりですかね」
言われてみれば確かに、全て善意によるものだったかもしれない。
「じゃあなんか、クラスメイトだった時とほぼ変わらない感じ?」
「そうですね、その頃からストーカー気質だったので」
「ストーカーと言えばそうかもしれないけど、教室で後ろ姿を追う分には、私もよくやっちゃうことあるし。思ってたほど酷くはなかったかも。私からするとね」
すると敬人はそのままの落ち着いた口調で、態度だけがらりと変えた。
「まぁそうですよね。だから神杜さんにストーカー呼ばわりされたのは少し心外でした。彼岸さんの守護神、ボディーガードと言ってほしかったのに」
「それは違うと思うよ」
一花がきっぱり否定すると、敬人はまたしおれたように身体を丸めてみせる。
「ですよね、調子に乗ってすみません」
これは礼子と同様に、とりあえず謝っておけばいいと思っているタイプだ。もっとブチ切れれば良かったか。睨むと、敬人は慌てたように弁明した。
「だからいつまでもこのままじゃいけないと思って、こうして告白する覚悟を決めたんです。未練を断ち切ったらきっと成仏できると思うので」
なるほど、そういうことか。だから手間をかけてまで望み通りのシチュエーションを準備したのか。
そこまでしてもらっておいてなのだが──残念ながらその期待には答えられそうにない。一花は恋愛に一切興味がないのだ。
「もう一度言います、好きです。僕と付き合って下さい」
下げられた後頭部のつむじを見下ろしながら、一花は変わらないトーンで言った。
「ごめんなさい。気持ちはありがたいんだけど、私は同じ気持ちじゃなくて」
「……だと思いました」
敬人は苦笑しながら顔を上げた。どこか晴れやかな顔だった。
「僕はこれを待ってました。……と言ったら嘘になりますが、これですっぱり断ち切れます。たとえ両想いになったとしてもお化けじゃ難易度高いですしね。伝えられただけで満足です。ストーカーの茶番に付き合って下さりありがとうございました。奇跡のような薬を授けて下さった神杜さんのお父さんにも感謝ですね」
誤魔化すようにまくし立てて、敬人は一歩下がる。礼子には感謝しないんだなと思いつつ、一花も愛想笑いを浮かべる。
「ううん、話せて良かったよ」
それくらいしか言えなかった。さようなら、もおかしいし。
「こちらこそ、会えて良かったです」
軽く手を上げ、重すぎる挨拶を残して敬人は背を向けた。そしてそのまま向こうへ歩いていった。
一体どこへいってしまうのだろう。
そっちは行き止まりの壁だというのに。
──そこには手紙が入っていた。驚きで身体が固まる。きっとこれがそうに違いない。手紙といってもメモ用紙で、書かれていたのは二行のみ。
『校舎裏に来て下さい。大事な話があります』
プリントを集めた時にちらりと見えたことがあるから分かる。これは敬人の字だ。
一花は外に飛び出し、駆け足で校舎を回った。こんな回りくどいことをしなくても、手紙に話の内容を書けばいいものを。
角を曲がると、男子生徒の後ろ姿が見えた。一花の足音で振り向いた彼は、確実に小羽敬人だった。生前と同じ制服を着ている。
思わず足が透けていないか見たが、ちゃんと地面についていた。
「小羽くん、だよね?」
「はい、そうです」
ちゃんと言葉も通じた。あの薬、凄すぎる。
「彼岸さん、お久しぶりです。わざわざ手間かけさせてすみません。手紙やLIMEでも済んだんですが、僕がどうしてもこうしたくて」
大人しそうに見えて案外喋る人だった。お久しぶりって、ノリが軽いな。聞きたいことは色々あるが、まず真っ先に確認したいことがあった。
「えっと、幽霊とか言っても問題ないかな」
「勿論。正真正銘幽霊なので」
「じゃあ聞くけど、幽霊なのに手紙書いたりLIME打ったりできるの?」
「はい。僕、物持てる系の幽霊なので」
この幽霊も幽霊で凄すぎる。
「でも同じ生き物である人間には触れられないみたいなので、安心して下さい。彼岸さんには指一本触れません」
「そっか、分かった」
よく分からないが、分かったことにしておいた。
こんなに会話するのも、彼岸さんと呼ばれるのも初めてだ。どこか上の空でそう思っていると、敬人はもじもじと身体をよじり始めた。
校舎裏、走る緊張──鈍感気味な一花も、流石に察するものがあった。でもまさか、そんなことがあるとは。
「えっと、単刀直入に言います。僕は彼岸さんのことが好きです」
予想通り、彼は告白した。予想していても衝撃であることに変わりはなかった。固まる一花を見て、敬人は苦笑する。
「突然すぎますよね。しかもこんな変な形になっちゃって。それでもどうしても伝えたかったんです」
二回目の、『どうしても』という言葉。アスファルトの上に立った自分の足元を眺めながら、敬人は語った。
「僕はずっと彼岸さんが好きでした。同じクラスになる前から。気付かれないように常に目で追っていました。でも話しかける勇気はありませんでした。明日になったら、機会があったら。そうして後回しにしているうち、とうとう一言も交わすことなく、一生を終えました」
本人の口からその事実を聞くと、居た堪れない気持ちになる。気まずい空気を察するように、敬人は顔の前でヒラヒラ手を振った。
「いやでも、余程未練があったのか生き返っちゃったんですけどね」
未練って怖い。何なら死より怖いかもしれない。
「確実に死んでて、人には見えてないし、食べなくても寝なくても大丈夫なんですけど、感覚的にはまだ生きてるんです」
ひと呼吸置いて、敬人は続けた。
「それをいいことに、僕はあなたをストーカーしてました」
最悪だ。幽霊だからといって許されることではない。
「といっても学校だけでですけどね。教室のロッカーに座って、授業を受けたり友達と話したり給食を食べている彼岸さんの後ろ姿を眺めていました」
──あれ、それだったら。
「他の怪奇現象は?」
「あぁそれは、黙って見過ごせなくてつい手伝ってしまって。ぶつかったりつまずいたり障害物を退かしたり、落とし物を拾ったりですかね」
言われてみれば確かに、全て善意によるものだったかもしれない。
「じゃあなんか、クラスメイトだった時とほぼ変わらない感じ?」
「そうですね、その頃からストーカー気質だったので」
「ストーカーと言えばそうかもしれないけど、教室で後ろ姿を追う分には、私もよくやっちゃうことあるし。思ってたほど酷くはなかったかも。私からするとね」
すると敬人はそのままの落ち着いた口調で、態度だけがらりと変えた。
「まぁそうですよね。だから神杜さんにストーカー呼ばわりされたのは少し心外でした。彼岸さんの守護神、ボディーガードと言ってほしかったのに」
「それは違うと思うよ」
一花がきっぱり否定すると、敬人はまたしおれたように身体を丸めてみせる。
「ですよね、調子に乗ってすみません」
これは礼子と同様に、とりあえず謝っておけばいいと思っているタイプだ。もっとブチ切れれば良かったか。睨むと、敬人は慌てたように弁明した。
「だからいつまでもこのままじゃいけないと思って、こうして告白する覚悟を決めたんです。未練を断ち切ったらきっと成仏できると思うので」
なるほど、そういうことか。だから手間をかけてまで望み通りのシチュエーションを準備したのか。
そこまでしてもらっておいてなのだが──残念ながらその期待には答えられそうにない。一花は恋愛に一切興味がないのだ。
「もう一度言います、好きです。僕と付き合って下さい」
下げられた後頭部のつむじを見下ろしながら、一花は変わらないトーンで言った。
「ごめんなさい。気持ちはありがたいんだけど、私は同じ気持ちじゃなくて」
「……だと思いました」
敬人は苦笑しながら顔を上げた。どこか晴れやかな顔だった。
「僕はこれを待ってました。……と言ったら嘘になりますが、これですっぱり断ち切れます。たとえ両想いになったとしてもお化けじゃ難易度高いですしね。伝えられただけで満足です。ストーカーの茶番に付き合って下さりありがとうございました。奇跡のような薬を授けて下さった神杜さんのお父さんにも感謝ですね」
誤魔化すようにまくし立てて、敬人は一歩下がる。礼子には感謝しないんだなと思いつつ、一花も愛想笑いを浮かべる。
「ううん、話せて良かったよ」
それくらいしか言えなかった。さようなら、もおかしいし。
「こちらこそ、会えて良かったです」
軽く手を上げ、重すぎる挨拶を残して敬人は背を向けた。そしてそのまま向こうへ歩いていった。
一体どこへいってしまうのだろう。
そっちは行き止まりの壁だというのに。