側室転生ヒロイン、王太子の寵愛に溺れる〜最恐王太子との吸血婚〜


 あれからしばらく日が過ぎたが、あの日以来ギルバートが私の元を訪れることはなかった。その間に私は自分に許された行動範囲内で出来る限りの情報を集めることに励んだ。

 王族が暮らす宮殿とは少し離れたところに建てられている後宮のうちの一つが私に与えられた”籠”。その籠の中で、ただ大人しく冷酷王太子を待っているだけの人生なんて…つまらない。せっかく転生したのなら、物語の主人公になったような気持ちで一発逆転の大勝負に出てみたい…という意気込みだけはあるが、実際は籠の外に出ることを恐れている。

 小説の中で見るこの世界はとても魅力的だったが…実際に自分が生きるとなると窮屈に感じることの方が多い。それに、私にはまだ人間と吸血鬼の見分け方が良く分からないのだ。王太子の側妃(仮)として嫁いだことにはなっているが、まだ本当の意味で結ばれた訳では無い。純潔のままだと周囲の吸血鬼にバレたりしないのか些か不安である。

 ──ってそういう乙女心、絶対分からないよね!あの冷酷王太子!!

 心の中で悪態をつく分には許されるような気がして、声に出すことなく毒づきながら…暇を持て余し、丸窓から見える大きな庭をジッと眺めていた。
 どうやらこの中庭は他の側妃達と共有の敷地のようで…中庭を囲うようにして四つの屋敷が建てられているみたいだった。
 とはいえ側妃様達と親交を深めたいとは思わないし、ライバルのような存在の方々にわざわざ会いたいとも思わない。恋愛の縺れで前世では本当に酷い目にあった。同じ過ちを繰り返すくらいなら、側妃内で最下位の妃だと思われた方がまだ気が楽だった。

 ──そう、思っていたのに。

 「突然ですが王妃様から茶会のお誘いがありました。案内致しますので、ご同行お願い致します。」

 ギルバートの母であり国母である王妃、カルラ様からのお誘い。断る権限なんてもちろん私にあるはずもなく、知らせに来た侍女の後に続いた。

 目が覚めた時から後宮のあの部屋に篭っていたので、敷地内とはいえ外に出られることが嬉しくて、つい早足になってしまう。

 初めて足を踏み入れる宮殿。実際に中に入ってみて思わず息を飲んだ。

──写真に残したい!スマホがあればいいのに!!

 思い描いていた通りの城内に見惚れていると、前方からギルバートが歩いてくるのが視界に入った。先導していた侍女が足を止め、彼に向かって頭を下げたので…自分も同じように立ち止まり、静かに頭を下げてギルバートが通り過ぎるのを待った。

 すると、私の目の前で足を止めたギルバート。反射的に顔を上げた私と目が合った彼は不機嫌そうな顔を歪める。

「……顔を上げろと許可した覚えはない」

 ──許可がいるなんて、聞いてない!!

 慌ててもう一度頭を下げると、今度はため息が聞こえてきて…これ以上どうすればいいのか分からなくて泣きそうになってくる。

 「母上に呼ばれたそうだな?挨拶をするついでだ…俺が案内してやろう」

 私に付き添っていた侍女を追い払い、自身が案内をすると言い出したギルバート。何も言わずに歩き出した彼の後を追いかけていいのか分からず…頭を下げたまま突っ立っていると、

「……いつまでそうしてるつもりだ」
「許可が下りるのを待っております」
「…お前は頭が悪いのか?」
「人並みだと思いますが……」
「人並みというのは平均的だという意味だろ?頭の悪い娘は嫌いだ」
「……秀才になれるよう、努力します」
「今更遅い。顔を上げろ─…エマ」

 いちいち癪に障るな…っと思いつつ顔を上げると、スっと伸びてきたギルバートの手に顎を掴まれ、そのまま唇を塞がれた。

 ──こんな場所でっ、何考えてるの?!

 少しして離れたギルバートを思い切り睨みつけると、彼は不服そうな顔をして逆にこちらを睨み返してきた。

「匂いが消えかけていた。取り急ぎ対処してやった俺に対してその態度とは。改めて調教する必要があるな。」
「仰っていることの意味がよく分かりません。」
「…やはり婚礼の儀で突然意識を失くした際の後遺症が現れたか」

 記憶違いが生じていると思われたみたいだが、好都合なので否定することはせず曖昧に笑って誤魔化しておいた。


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