側室転生ヒロイン、王太子の寵愛に溺れる〜最恐王太子との吸血婚〜
考えるよりも先に身体が動いていた。全力で走って城の階段を駆け下り、庭を抜けて…門をくぐる。途中何度も後ろを振り返ってマリアンヌが追って来ていないか確認したが、彼女が追ってくる気配は感じられなかった。
しかし…私が古城を抜け出すことこそが彼女の本当の狙いだったとは、この時の私が知る由もなかった。
古城の周りは森林に囲まれていて、徒歩で街へ出るまではしばらくかかりそうだった。真っ暗な夜道を一人で歩くのは心細いが…満月の月明かりが照らしてくれるおかげで、少しばかり気持ちが和らいだ。
「ギルバート……」
無事に再会することが出来たら、今度はいい関係が築けるだろうか?もっと彼のことが知りたいし…私のことも知って欲しい。
──再会したらまずどんな話をしよう?お互いの自己紹介からもう一度やり直す?
彼との再会を想像して、頬を緩めた時だった。
背後から突然口を塞がれ…驚きのあまり舌を噛んでしまった。瞬時に口内に広がる鉄っぽい血の味。
「満月の夜に出歩いちゃダメだ、って…知らないの?」
耳元で聞こえる男性の声に、身体が強ばる。
「フルムーンの夜は、吸血鬼が番を求めて彷徨う日だって…知っててここにいる?見たところ噛み跡も無いし、パートナーがいないなら…僕と番にならない?」
耳たぶを甘噛みされたことにより、ハッと我に返り…全力で抵抗してみせるが、、力が強すぎて敵わない。咄嗟に首元のネックレスを強く握った。
すると…すぐそばにあった男の気配が途端に消えてなくなってしまった。おそるおそる振り返ると、少し離れたところで倒れている人影を見つけた。
どうやらギルバートの魔力とやらが私を守ってくれたらしい。
とはいえ、満月の夜に出歩いてはいけない…なんて重要なことをなぜ誰も教えてくれないんだ。っと悲観しているうちに、どこから現れたのか…吸血鬼だと思わしき男の人が数名こちらに向かってくるのが見えた。
どこへ向かえばいいのか分からないが、ギルバートが必ず私を見つけ出してくれることを信じて…とにかく走り回った。
街の灯りだと思われる光が視界に入り、ふと気が緩んだ瞬間…足首に猛烈な痛みが走った。
「痛いっ…!」
見れば、右の足首に何かに切りつけられたかのような傷があり…そこから血液が流れ出ている。立つこともままならず、その場にしゃがみこんだところに…
「……お前っ、まさか”稀血”か…?!」
目の前に現れた男が瞳を輝かせながら私に問いかける。
”ダリア”という言葉には聞き覚えがあった。というのも…前世を生きていた際の私の血液型がこの”ダリア型”だった。
とても珍しい血液型だと認定されていて、献血に行くことを義務付けられていたほどだ。私自身…中学の時に交通事故で大ケガをした際、ダリア型の血を輸血してもらったことで生きながらえることが出来たという過去を持つ。
「……だったら、何ですか」
本当に軽い気持ちで…血液型を聞かれたようなつもりでそう答えてしまったのが間違いだったようで。
突然目の前の男の目の色が代わり、先程までは無かった長い牙のようなものを剥き出してジリジリと迫りよってくる。
「こ、来ないでっ……!!!」
近くにあった石を掴んで放り投げてみるが、まるで効果がないみたいで。先程と同様にネックレスを掴んでみるが…効力が切れてしまったのか何の反応も示さない。
「少しでいいっ…噛ませてくれ、」
グッと胸ぐらを掴まれ、首を絞められそうになったところでいよいよ命の終わりを感じ─…
「た…すけてっ……ギルバートっ!!!」
彼の名を大声で叫んだ。
次の瞬間、目の前の男は姿を消し…代わりに会いたくてたまらなかったギルバートの姿が視界に入り、安堵のあまり声を出して泣いた。
しかし…彼もまた心穏やかではないみたいで、、
「何だっ…この強い芳香はっ……」
私のことを腕の中に閉じ込め、周囲を警戒している様子のギルバート。ところが徐々に香りの正体が何なのか理解したようで─…
「……エマ?お前、まさかっ…」
最後まで言葉にする前に、私の足首を流れる血液に気が付いたのか…自身が身につけていたシャツの袖を破り、それを傷口に押し当て止血を始める。
「痛いよっ…」
「我慢しろ…」
「どうして貴方まで辛そうな顔をするの?」
「分からないか…?これでも理性を保つのに必死なんだ。話しかけるな」
「……どういうこと?」
「それほどまでにっ…お前の血の匂いが魅力的で、強烈だということだっ」
何かに耐えるように、唇をグッと噛み締めながら私の足首に触れているギルバート。
──そもそも…マリアンヌはどうしたのだろうか?国王陛下の容態は?王妃様は…私を許してくださったのだろうか?
色々考えていると、急に意識が遠のいてきた。
「……エマ?気をしっかり持てっ!すぐに宮殿へ連れて帰るっ─…」
ギルバートの声が聞こえるのに、その声に答える体力がない。……眠い。物凄く眠くて仕方がない。
「ギル…バートっ……」
──次に目が覚めた時も、変わらずそばにいて。
そう願いながら、静かに目を閉じた。