このドクターに恋してる
 場所は箱根。県内とはいえ、全然雰囲気の違う観光地である。
 宿泊先は着くまでのお楽しみだと言われ、夕方になるまで観光を楽しんだ。
 ロープウェイを利用して行った大涌谷では名物の黒たまごを食べた。
 私は子どもの頃の家族旅行で食べたことがあったけれど、郁巳さんは初めてだった。
 「ほんとに黒い」と言いながら、殻をむく手が黒くなるのではないかと気にする様子がおかしかった。
 彼は箱根に来ること自体が初めてで、観光客が多いことにも驚いていた。
 私が驚いたのは旅館に到着したときだった。

「ここですか?」
「うん。直前の予約だったけど、空いていてよかったよ」
「そ、そうなんですね」

 緊張気味に玄関に入ると、着物姿のスタッフが丁寧に挨拶をする。

「ようこそお越しくださいました」

 郁巳さんが軽く会釈する。

「予約しています浅葉です。お世話になります」
「浅葉さまですね。こちらへどうぞ」

 ラウンジへ案内されて、座り心地のよいソファに私たちは座った。
 宿泊者名簿に郁巳さんが記入する間、私はキョロキョロと辺りを見回す。とにかく高そうが一番の感想だった。
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