このドクターに恋してる
大切な人
 噂が広がるのは、あっという間だ。 
 私が院長と歩いていただけで、きっと結婚の話だという推測が広まった。
 この噂は光一先生の耳にも入り、院長の奥さんにまで届いてしまう。
 一週間の勤務を終えた金曜日、私はバス停に向かってロータリーを歩いた。
 白いセダン車が脇に止まり、助手席の窓が開いて院長の奥さんが顔を出した。

 えっ……何?
 体が硬直する。
 よく見ると運転席でハンドルを握っているのは、光一先生だった。
 院長の奥さんが後部座席を指差す。

「ちょっと、話があるから乗って」
「えっ、あの……」
 
 乗ってと言われて、はいはいと乗ることはできない。
 嫌な予感しかしない……でも、どうしたらいい?

「早く! 私たちは暇じゃないのよ」
「私も暇ではなくて……」
「なにわからないことを言ってるの。いいから、早く乗りなさい」
「でも……」

 早くと急かされても、乗れない。
 おろおろしていると、人の足音が近付いてきた。
 誰だろう……誰でもいいから助けてもらいたい。薄暗い中で寄ってくる人の顔を見た。

「陽菜ちゃん! どうしたの?」
「宇部先生……」
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