このドクターに恋してる
優しい人
「みーゆ、そろそろ行っちゃおうか?」
「うん、いく!」

 日曜日、実家のリビングで美結と遊んでいた私は丸い壁時計を見て美結に声を掛けた。美結は出していたおもちゃを箱の中に放り込み、赤いコートを手に持つ。
 私はそれを着せて、自分もアイボリーのコートに腕を通した。
 実家の戸締まりをして、美結と手を繋ぐ。肺炎で入院した美結は二週間前に退院し、今は元気いっぱいだ。
 今日は一週間早い美結の四歳の誕生日祝いと快気祝いを兼ねたパーティーを行う予定となっている。

 私たちは実家から七分歩いて、カフェリリースマイルのドアを開けた。
 このカフェは私の父が開業して、今は兄が経営している。父が五年前に他界し、兄が跡を継いだ。父がオーナーだったときから手伝っていた母が今も一緒に働いている。
 母の名前が百合子(ゆりこ)であることから……百合の英語名のリリーを用いて、母にいつも笑顔でいてほしいという願いを込めて、父がカフェにリリースマイルという名を付けた。
 根が明るい母はどんなときでも笑っていて、兄と私を優しく育ててくれた。母から笑顔が消えたのは、父が亡くなったときだけだった。

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