このドクターに恋してる
 謝罪を口にする私に郁巳先生は小首を傾げた。謝られる理由が思い当たらないようだ。

「たぶん、ほかにもきっかけがありましたよね? それなのに、私が勝手に想像してしまったから」
「ああ、そういうこと。別にいいですよ。言われ慣れていることですから、気にしなくていいです」

 郁巳先生も優しい。でも、これ以上踏み込んで聞くな……と言われたように感じた。
 その証拠に、郁巳先生は話を続けようとせず、おもむろに腰を上げて化粧室に向かった。
 もしかしたらほかになりたい職業があったけど、親に反対されたとかで話したくないことだったのかもしれない。
 宇部先生が明るく話してくれたから、郁巳先生も話してくれるだろうと思い込んでしまった。
 兄に気遣いがないと言えない……私もだ。私は自分の気遣いのなさを反省して、項垂れる。もっと人の心に寄り添って、言葉は選ばないと……。

「陽菜ちゃん」

 しょんぼりする私を宇部先生が呼んだ。私は顔を上げて「はい」と返す。
 宇部先生は私の耳もとに顔を寄せて、小声で話した。

「郁巳はちょっと言い方が冷たいところがあるけど、本人も言っていたように気にしなくて大丈夫だよ。ただ医者になったきっかけとか家のことを聞かれるのがあまり好きではないから、触れないようにしたらいいかも」
「そうなんですね。教えてくれて、ありがとうございます」 
< 37 / 90 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop