このドクターに恋してる
 私は鏡から視線を隣りにいる希子さんに向けた。

「そうなんですか! ずるいです」
「ずるいって、何言ってるのよ。同じ病院で働いているんだから、挨拶くらい普通にするでしょ? 逆にどうしてしていないのか、不思議になるんだけど」

 私はウッと言葉を詰まらせる。私だけが一方的に知っていて、向こうは私を知らないから挨拶してはいけないと思い込んでいたのだ。

「だって昔、知らない人とは話してはいけないと教えられたし……自分からは声掛けにくいもの……」

 子どもの頃、親から知らない人には絶対ついて行ってはいけないと強く言われていた。その言いつけを守っていた名残りもあって、大人になっても見知らぬ人と接するのは苦手だ。
 ブツブツ言いながら、ヘアゴムでまとめていた髪をほどいてくしでとかす私を希子さんが笑った。

「ほんと陽菜は真面目だし、素直ね。でも、今度すれ違うときがあったら、挨拶くらいしてみなよ。浅葉先生も宇部先生も無視しないで、ちゃんと返してくれるよ。特に宇部先生はにこやかに返してくれるから、すごーく癒やされるの」
「わあ、私も癒やされたいです。挨拶は大事ですものね、頑張ってみます」
「頑張れ、頑張れー」
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