このドクターに恋してる
「ええっ、あの方がそんなことを言ったの?」

 郁巳先生も人気のある人だから、名前を出さずに『あの方』と言った。
 私はコクコクと頷き、ふたたび声を潜める。

「そうなんですよ。意味がわからなくて、どう返したらいいのか、困ってしまいました」
「そんなことを言う意味って、一つしかないでしょ?」
「一つって?」
「陽菜が気になっているのよ。もしかしたら、好意があるのかもよ?」
「えー、そんなぁ、まさかぁ」

 私は手をブンブンと振って、苦笑した。郁巳先生が私に好意を持つとは、あり得ないことすぎる。
 希子さんが食べ終えた弁当箱の蓋を閉めながら、楽しそうな笑みを浮かべた。

「陽菜、モテ期到来じゃないの? あの方たちから同時に攻められたらどうするの?」
「同時にって、いやいや、何もされないですよ。だって……一人はデートと言ってもただ食事をするだけだし、一人は何も言われてないですよ」
「これから、言われる予感がするでしょ?」
「そんな予感、まったくしないですってば」

 否定しつつも、私の脳内では二人が私を取り合う図が浮かんでいた。
 私を挟んで、二人が手を引っ張り合うという……。
 そんな想像をしてしまうとは、どれだけめでたい脳なのだろうか……。
 私は妄想を消すように、天井を手で仰いだ。希子さんが訝しげな目を向ける。
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