このドクターに恋してる
「なに、してるの?」
「いえ、なにも! アハハ……」

 不可解な行動は、笑って誤魔化すしかなかった。
 浮かれた妄想はキッパリと消し、午後の業務に励もうと身を引き締める。
 しかし、こういうときに限って、決意を揺らがせることが起こってしまう。

 職場に戻ろうと廊下を歩く私たちの前に、宇部先生と郁巳先生が現れたのだ。
 私と希子さんは同時に会釈した。

「お疲れさまでーす」
「お疲れさまです」

 すれ違うだけだろうと思ったが、宇部先生が足を止めた。向こうが止まったのなら、こちらも止まらなくてはならない。
 郁巳先生も一人で進んでいけないのだろう、同じように止まった。
 宇部先生とは朝にメッセージアプリでやり取りをしていたが、今日顔を合わせるのは初めてだ。

「陽菜ちゃん、調子はどう?」
「元気なので、問題なく仕事ができています」
「よかった。無理しないでね」
「はい、ありがとうございます」

 ニコニコ顔の宇部先生の横でムスッとしている郁巳先生が気になった。郁巳先生は何も言わずにただ私を見ている。
 視線が刺さるくらいに鋭く、思わず顔を背けてしまった。

「希子さん、行きましょう」
「ああ、うん、そうね」

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