このドクターに恋してる
「えっ、いや、別に、俺は何もしていない……けど」

 郁巳先生は私から目をそらして、眼鏡のブリッジを押し上げた。
 普段堂々としている郁巳先生からは想像できない姿だ。
 
「あの、郁巳先生」

 私が呼びかけると郁巳先生は軽く咳払いをして、姿勢を正し、真っ直ぐに私を見据える。
 いつもの郁巳先生に戻ったようだ。

「何?」
「今日は完全オフですか?
「ああ、そうだけど、なぜ?」
「お休みの日は眼鏡のときが多いのでしょうか?」
「その日の気分にもよるけど、多いかな。ところで、それ食べたら? 冷めてしまうよ」
「そうですね、食べます」

 郁巳先生に話しかけられたことで、パンケーキをカットする手が止まっていた。
 その手をふたたび動かし、ひと口サイズにしたパンケーキを口に入れる。
 柔らかいので、少し噛むだけで溶けていった。
 何度食べても、替わらない美味しさだ。

「おいしー」

 私は顔を緩めて、ふた口目も口に運んだ。食べ出すと、止まらなくなる。手早くカットして、次から次へと口に放りこむ。
 目の前にいる郁巳先生の存在を忘れてはいないが、温かいうちに食べ終えたいという気持ちのほうが強かった。
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