このドクターに恋してる
　浅葉憲一とは、浅葉総合病院の院長で郁巳先生の父親だ。
　私は思いも寄らない事実にどう反応したらいいかわからず、ただ郁巳先生を見つめた。

「物心がついた頃から父は週に一度、家に来る人だった。母からお父さんだと言われていたから、自分の父だと思ってお父さんと呼んではいたけど、ある日誰かから母は父の愛人だと聞かされて……ショックを受けた」
「それは、ショックだったでしょうね」

　きっと子どもの頃に知らされたのだろう。そのときの郁巳先生の気持ちを考えると、胸が痛くなった。

「母は俺が小学五年生のときに交通事故で亡くなったんだ。事故に遭ったとき、学校にいた俺は先生に突然連れられて浅葉病院に行ったけど、母はすでに息をしていなかった。母の傍らには父が立っていて、あとのことば心配するなと言われて……葬儀とかいろんな手続きは全部やってくれた。それから俺は浅葉家に引き取られた」
「そうだったんですね」
　
　浅葉と名乗るようになったのは、郁巳先生のお母さんが亡くなってからだそうだ。医師になるためにたくさん努力をしたのだろうけど、院長の息子として恵まれた環境で育ったのだと思っていた。
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