おやすみ、僕の眠り姫



「最近ね、体調がいいの」
 想像と全く違う言葉を聞いて、頭の中が白くなる。
 黙っている僕を見て、彼女は苦笑混じりに続けた。
「多分、ちゃんと寝て、ちゃんとご飯を食べてるからなんだと思うの。前は……恥ずかしいけど、仕事にかまけて、ちゃんと生活できてなかったから」
 苦笑は僕ではなく、自分に向けたものらしかった。
「今は、あなたと一緒にご飯食べて、眠って……体調がいいから、仕事も捗るようになってね。向井さんも千絵も、やっぱり生活がちゃんとしてるからでしょって。彼が一緒にいてくれるおかげだねって。私も、そう思うから……だからね、その、日頃のお礼のつもりで、これを作ったんだけど……」
 手作りの夕飯は『お礼』だったらしい。

 向井さんは彼女の上司、木村千絵さんは僕の上司であり彼女の親友だ。木村さんは彼女と同期で、向井さんはちょっと歳上。この人達は気が合うようで、3人でよくご飯を食べたり飲みに行ったりしている。
 僕と彼女が付き合い始める時に、戸惑う彼女の背中を押してくれた。非常に感謝しているけど、彼女に余計な入れ知恵をするのもこの人達だ。

「胃袋をつかめって?」
「え……」
 絶句する彼女。今度は僕が苦笑する番だ。
「言われたんでしょ?どっち?木村さん?向井さん?」
「……どっちも」
 思わず吹き出してしまう。
 僕は、もう既に彼女に胃袋どころか全身全霊つかまれていて、それをあの人達は知っている。今更それを言うなんて、彼女をからかうためとしか思えない。
 笑う僕を横目に、彼女は続けた。
「私の料理じゃ掴めないかもしれないけど……」
「そんなことないよ」
 下を向いていた彼女が、僕を見る。僕は笑って言った。
「ちょっと作ってくれる副菜、美味しいよ。ほらこのナスとか。モヤシのナムルも美味しいよね。あとキュウリとか大根の浅漬けも好きだよ。ゴマまぶしてあるやつ」
「え、ほんと?」
「うん。他の料理も美味しいって思ってるし、言ってると思うけど」
「『ごちそうさま、美味しかったよ』って?」
「うん」
「あれって……そうだったんだ……」
 彼女が驚いた目をしている。なんで今更?
「私、ご挨拶の一種だと思ってた……」
「え?」
「だって、淡々と食べてるし、食べてる最中は美味しいなんて言わないし、いつも『ごちそうさま』とセットみたいに言うから……」
 え……伝わってなかった?
「だって、今日のこれは?僕が好きなものを選んで作ってくれたんでしょ?」
「当たってた?良かった……これはね、なくなるのが早いメニューなの。ぱくぱく食べてくれてて、だから多分好きなんだろうなって思って……」
 伝えていたつもりが、つもりだけだった。
「……ごめん……」
「えっ、あ、謝らないで。私が分かってなかったからなんだし」
 彼女が焦っている。可愛い。
「ちゃんと言ってくれてたのにね。曲解しちゃってごめんなさい」
「いや、僕がもっとちゃんと言ってれば良かったんだから。ごめんなさい」
 2人して、頭を下げ合った。
 そして、顔を見合わせて笑った。
「まだまだ言葉が足りないね、私達」
 『私達』という言葉が嬉しくて、思わず抱きしめた。
「え……な、なに?」
 驚いてもがいている。
「いいから」
 そう言って、口付けた。
 彼女はビクッと一瞬固まって、その後力が抜ける。
 もう、仕草のひとつひとつが可愛過ぎる。
 唇を離すと、僕の胸にもたれかかってきた。
「あの……あのね……ついでに、もう一つ、聞きたいことがあって……」
「なに?なんでも聞いて。ちゃんとわかってもらえるまで言葉を尽くすよ」
 さっきの反省を踏まえて言う。もう誤解はされたくない。
 彼女はフッと笑った。
「さっきまで、聞くのやめようかと思ってたんだけど……でも、ちゃんと聞いた方がいいと思って」
 そう言うけど、言いにくそうだ。
「あの……あのね……」
 言いかけてやめて、を何度か繰り返す。
 黙って待っていると、小さな声でぽそっと言った。
「あの、最近は、全然、その……してないなって……」
「なにを?」
 頭に浮かんだ疑問を、特に考えなく口にする。
 それだけなのに、彼女は目を見開いて僕を見る。そしてすぐに目をそらした。
「え、えっと……その、こ、恋人、らしいこと、を……」
 気付けば、顔から耳から首まで、真っ赤になっている。
 ああ。『恋人、らしいこと』って。そういうことか。
「もしかして、私、全然、その、そういう魅力がないのかなって……」
「えっ⁈」
 そんなことあるわけない。あんなに我慢してるのに。
「だから、その、そういう気になれないのかなって思って……えっ?」
 その場に、彼女を押し倒した。
 僕の下から、驚いた目で見ている。自分が置かれている状況がわかっていないらしい。
 そのまま口付ける。
 彼女の唇が気持ちいい。良過ぎて、このまま溺れてしまいそうだ。
 長く、彼女の唇を貪った。
「好きだよ」
 キスの合間にささやくと、彼女がビクッと震えた。
「どうしたの?感じた?」
 意地悪く聞くと、彼女は素直に頷く。
「だって……久しぶりだし……」
 恥ずかしそうに目をそらす。
 こんなに可愛いのに。
「魅力、あり過ぎ」
「えっ?あ……んっ」
 首にキスしたら、甘い声が出てきた。
「僕が我慢してたの、気付かなかった?」
 かすかに頷く。僕は首から耳にキスを移した。
「寝かせるのが先だと思って、寝た後にキスしてた」
「そんなことしてたの?」
「うん。起きてるうちにすると、我慢できなくなっちゃうからね」
 僕の唇が触れる度に、ピクピク反応する。可愛い。
「そんなに、我慢、してたの?」
「してた。すっごく」
「……全然わかんなかった……」
 彼女が鈍感なのか、僕がわかりにくいのか。
 両方かな、多分。
「いつだって、抱きたいと思ってるよ。今だって」
 頬に、まぶたに、額に、鼻に、唇に。止まらない。キスをくり返す。
「あ、あの、待って」
「もう待てない」
「だって、お風呂入ってないし」
「いいよ」
「でも、汗くさいし」
「大丈夫、それごと抱く」
 本当に気にならない。かえって興奮してしまう。僕だけが知ってる、彼女の匂い。
「抱かせてよ。いいでしょ?」
 目を合わせる。
 こうすれば、彼女は断れない。
 予想通り、ぐっと言葉に詰まった。
「……ずるい」
 顔を赤くして、僕をにらむ。
「そっちこそ」
 唇を合わせる。深く。
 彼女の手が僕の背中に回って、抱きしめられた。
 背中に電流が走ったように、感じる。こんなの初めてだ。
「……気持ちいい……」
 触れるのも、触れられるのも。
 彼女のなにもかもが。
「好きだよ……志保」
 名前を呼んだら、彼女が甘い息を吐いた。
「わ、わたし、も……」
 僕が体に触る度にピクピクとして、途切れ途切れに言う。
 それも可愛くて、少し意地悪をする。
「『私も』?なに?」
「え……あっ」
 服の上からブラジャーのホックを外したら、悲鳴に似た声を上げられた。
「ちゃんと言ってくんなきゃわかんないな」
 下着の下に手を入れる。肌がすべすべだ。
「え……あ、あの……んうっ!」
「ほら、言って」
 腰をなでると、ビクッと反応した。
 僕の背中にしがみつく。
「そ、そんなことされたら……しゃべれないじゃない」
「そう?でも、ちゃんと言ってくれないと。言葉が足りないんでしょ?僕達」
 軽く、チュッと頬に口付ける。何度も。
「ほら、『私も』?」
 口角を上げながらキスを繰り返す。
「わ、わかった、わかったから」
 目を合わせると、彼女は恥ずかしそうにぎゅっと首に抱きついてきた。
 そして、聞こえた小さな声。
「わたしも……好き……」
 それだけかと思ったら。
「……蓮……」
 息が止まった。全身の血が逆流したかと思った。
「……なんだよそれ……」
「えっ⁈駄目だった⁈ご、ごめんなさい」
 彼女は焦って、体を離そうとする。
「えっと、君?さん?やっぱり名字の方がいい?え?」
 離そうとされた体をもう一度抱きしめる。
「駄目じゃない……もう一回」
「へ?」
「呼んでよ。名前」
「え……いや、あの……」
「呼び捨てで」
 戸惑っている彼女の顔。可愛い。
「ほら、呼んで」
 促すと、また小さな声。
「れ、蓮……」
 頭の中が真っ白になって、口付けた。
 深く、口の中を貪る。彼女の甘い息と声に、更に興奮する。
 もう止められない。
 彼女は、どこに触れてもピクピクと反応してくれて、その度に息を漏らした。
 部屋着をまくり上げる。さっきホックを外したブラジャーも一緒に。
 白い肌が浮かび上がって見えた。
「ああ……エロ……」
 つぶやいたら、手で隠すように覆う。
「なんで隠すの」
「だって恥ずかしい……」
「今更」
 彼女の手を取って、両脇に押し付ける。
 胸の一番高いところに口付けると、彼女は一層高くて甘い声をあげた。
 しばらくその声を楽しんで、手を脚の内側にすべらせる。
「ああ、ここもすべすべだね」
 彼女は身をよじらせる。
「く、くすぐったい」
「そう?そんな風に見えないよ」
 僕の手の動きにピクピク反応して。
 くすぐったいというより感じてるように見える。
 脚の付け根に指を這わせると、反応が大きくなった。
「ああ……濡れてるね」
 そう言うと、彼女は息を飲んだ。
「……だって、そうさせてるでしょ」
 潤んだ目で僕をにらむ。
 僕は軽く笑った。
「そうだよ。もっと感じて」
 キスをしながら、指を入れる。
 彼女はビクッと反応して、僕の腕をギュッとつかんだ。
 自然と顔が笑ってしまう。可愛すぎる。
 舌を絡ませながら、連動するように指を動かす。
 彼女の体がどんどん熱くなる。多分、僕も同じだ。
「……もういい?」
 聞くと、彼女は頷く。
「私も、欲しい」
 そんな風に言われたら。
 起き上がって、素早く服を脱いでゴムを着ける。
 彼女もその間に服を脱いでいた。
 白い肌に見惚れていたら、電気を消された。
「見えないよ」
 暗い中、彼女の方に手を伸ばすと、体にさわった。
「だって恥ずかしいし」
「見せてよ」
「……やだ」
 抱き寄せる。
「あー……やわらか」
 彼女も抱きついてきた。
 キスをすると、猛烈に興奮してくる。
「挿れるよ」
 耳元でささやくと、彼女は頷く。
 一気に中に入ると、彼女がこちらに手を伸ばした。
 その手に招かれるように、彼女に覆いかぶさる。
 深いキス。背中に回った彼女の手が僕を抱きしめる。
 全身で彼女を感じて、その気持ち良さに僕は溺れていった。



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