買われた花嫁は冷徹CEOに息もつけぬほど愛される
 その日の夜遅く、奏太が実音の部屋を訪れた。
「実音、お前、貯金はあるか?」
 部屋に入るなり、兄は椅子に座ることなくそんな質問をする。
 彼にそんな質問をされたのは初めてで、そのことに少し驚きつつ、実音は正直に自分の通帳残高を伝えた。
「堅実だな」
「実家暮らしだから」
 一応就職した際に、これから家にお金を入れたいとは伝えたのだけど、父に「子供の金などいらん」と叱られた。
 そのため実音は、給料のほとんどを貯蓄に回しているので、この年齢にしてはかなりの貯金がある。
「よかったら、私のお金も会社の建て直しに使ってね」
 貯金額を聞いてきたのだからそういうことだろうと思い実音が言うと、奏太は乾いた笑いを漏らした。
「そのくらいの金でどうにかなるなら、こんな大騒ぎになってないよ。もし蓄えがないなら、少し置いていこうかと思っただけだ」
「置いていく?」
 その言葉に引っかかりを感じていると、奏太は、自分は明日から問題の起きている国に入って、自体の収集に努めるのだと話してくれた。
 朝早くに出発するし、しばらく帰国できないと思うので、実音の経済状況を確認しておきたかったのだと言う。
「父さんには、僕が帰国するまでに資金調達の目処が立たなければ、この屋敷を売り、会社の人員削減することで納得してもらった」
「そんな……」
「お前の縁談も、破談の方向で進めると一応は納得してくれているよ。どうせあと数ヶ月で家は売却することになると思うから、気に入った物件が見付かったタイミングで家を出ろ。賃貸契約に保証人とか必要なら、僕の名前を使えばいい」
 いつものことだけど、必要なことだけ話すと、奏太はそのまま部屋を出て行こうとする。
 実音は、そんな兄の服を慌てて掴んだ。
「私、遼介さんと結婚しようかと思う」
 実音の決意の言葉に、奏太は眉間に深い皺を刻んだ。
 もちろん、彼を愛せるとは思えないし、結婚して幸せになれるとは思わない。
 それでもプライドの高い父が土下座する姿や、不安げな母の姿に胸が痛くて、見捨てるなんてことはできないと思った。
 じゃあ、家族や有坂テクトの社員のためになにができるかと聞かれれば、子供の頃から勉強ができた兄とは違い、育ちの良さ以外これといった特徴もない実音にできることは限られている。
「必要ない。会社を継ぐのは僕なんだから、口出しは不要だ」
 それだけ言うと、奏太は部屋を出て行った。
 会社を継ぐのは兄だと言われれば、そのとおりだ。それでも家族として、胸に燻る思いはある。
『俺が経営者として成功することで、俺みたいな思いをする子供を減らすことができる。そう思うと、救われた気分になるよ』
 昨日の海翔の言葉が、鼓膜に蘇る。
 経営者としての覚悟を感じさせるあの台詞は、彼の過去の苦しみを語っているものでもある。
 部下だけでなく、その家族の暮らしまで気にかけて、強くあろうとする彼を尊敬している。だらこそ、自分も有坂テクトで働く人やその家族の暮らしを守れる人になりたいと思う。
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