買われた花嫁は冷徹CEOに息もつけぬほど愛される
4・再会の意味は
ヤガミに退職届を出して半月。暦としては十月に入ったのだけど、今年も日中は夏の熱気を残したような暑い日が続いている。
十月最初の月曜日、着物に着替えるためにエアコンをつけた実音は、室温が下がるのを待つ間、手持ち無沙汰からスマホを手に取った。
メッセージアプリに、芽衣子からの新着メッセージがあったのでそれを開く。
可愛いスタンプと共に並ぶ些細な近況報告に、実音の表情が和む。
「川根さん、楽しそうでいいなぁ」
友人の頑張りを応援したい気持ちと共に、ついそんな本音が零れてしまう。
出張帰りの海翔と話した後、彼は言葉通り実音の退職手続きをスムーズに進めてくれた。そのため有休消化に入っている実音は、籍はまだヤガミに残っているけど出社することはなくなっている。
引き止められても困るだけなのに、滞りなく退職の手続きが進められると、自分は価値のない人間なのだといる気がして落ち込んでしまうのだから、人間とはワガママな生き物だ。
芽衣子の情報によれば、残りの二人が優秀なためか、もともと実音に任されている仕事がたいしたことなかったからか、今のところ海翔の秘書は、欠員補充する予定はないとのことだ。
一通りのメッセージに目を通した実音は、スマホを置いて着付けを始めた。
今日は、遼介の父が社長を務める小松メディカルがスポンサーを務める文化財団主催の書画展に顔を出す予定だ。
会場には彼の父であり、小松メディカル現社長・小松崎明夫(こまつざき あきお)がいるので、彼と共に賓客の相手をすることになっている。
まだ入籍はしていないけど、扱いとしては小松崎家の嫁としての責務を果たす形となる。
伝統ある女子校を卒業している実音は、そういった場で求められる振る舞いを身に着けている。
だけどいざ実践しろと言われると、それが難しい。
できないことはないのだけど、窮屈な着ぐるみのなかに無理矢理自分を押し込んで、その役を演じさせられているような気分になってしまうのだ。
この先ずっとそんな思いをしなくてはいけないのだと思うと、ますますヤガミで過ごした日々が恋しくなる。
「八神さん、どうしているかな?」
芽衣子がなにも触れていないということは、元気だということなのだろうけど。
退職の旨を伝えた時、出すぎたことだと思いつつも、彼の幸せな結婚を願わずにはいられなかった。
後になってかなり失礼なお願いを彼にしたと思ったのだけど、あの時は、もう会えなくなる海翔にそのことを伝えずにはいられなかったのだ。
大人な海翔は、その失礼な発言に気を悪くした様子がなかったけど、軽く聞き流されていたような気がしなくもない。
(八神さんが、幸せな結婚をしてくれたら嬉しいな)
自分にはそれが叶わないからこそ、強くそう願う。
叶わない夢だからこそ、恋をしたこともないくせに、心から愛しあえる人と結婚することができたならと、今でも夢見てしまう。
恋という言葉には、それほどの魅力があるのだ。
苦しいほど憧れてしまうからこそ、尊敬していた海翔には、恋をして幸せな家庭を築いてもらいたい。
多くの苦労を重ねて、今の地位を築いた彼は、そうすることでたくさんの人の暮らしを守っている。そんな彼にこそ、誰よりも幸せになる権利があるはずだ。
貴方だけでも幸せな結婚をしてください。――心の中でそう祈りながら、実音は帯を締めた。
十月最初の月曜日、着物に着替えるためにエアコンをつけた実音は、室温が下がるのを待つ間、手持ち無沙汰からスマホを手に取った。
メッセージアプリに、芽衣子からの新着メッセージがあったのでそれを開く。
可愛いスタンプと共に並ぶ些細な近況報告に、実音の表情が和む。
「川根さん、楽しそうでいいなぁ」
友人の頑張りを応援したい気持ちと共に、ついそんな本音が零れてしまう。
出張帰りの海翔と話した後、彼は言葉通り実音の退職手続きをスムーズに進めてくれた。そのため有休消化に入っている実音は、籍はまだヤガミに残っているけど出社することはなくなっている。
引き止められても困るだけなのに、滞りなく退職の手続きが進められると、自分は価値のない人間なのだといる気がして落ち込んでしまうのだから、人間とはワガママな生き物だ。
芽衣子の情報によれば、残りの二人が優秀なためか、もともと実音に任されている仕事がたいしたことなかったからか、今のところ海翔の秘書は、欠員補充する予定はないとのことだ。
一通りのメッセージに目を通した実音は、スマホを置いて着付けを始めた。
今日は、遼介の父が社長を務める小松メディカルがスポンサーを務める文化財団主催の書画展に顔を出す予定だ。
会場には彼の父であり、小松メディカル現社長・小松崎明夫(こまつざき あきお)がいるので、彼と共に賓客の相手をすることになっている。
まだ入籍はしていないけど、扱いとしては小松崎家の嫁としての責務を果たす形となる。
伝統ある女子校を卒業している実音は、そういった場で求められる振る舞いを身に着けている。
だけどいざ実践しろと言われると、それが難しい。
できないことはないのだけど、窮屈な着ぐるみのなかに無理矢理自分を押し込んで、その役を演じさせられているような気分になってしまうのだ。
この先ずっとそんな思いをしなくてはいけないのだと思うと、ますますヤガミで過ごした日々が恋しくなる。
「八神さん、どうしているかな?」
芽衣子がなにも触れていないということは、元気だということなのだろうけど。
退職の旨を伝えた時、出すぎたことだと思いつつも、彼の幸せな結婚を願わずにはいられなかった。
後になってかなり失礼なお願いを彼にしたと思ったのだけど、あの時は、もう会えなくなる海翔にそのことを伝えずにはいられなかったのだ。
大人な海翔は、その失礼な発言に気を悪くした様子がなかったけど、軽く聞き流されていたような気がしなくもない。
(八神さんが、幸せな結婚をしてくれたら嬉しいな)
自分にはそれが叶わないからこそ、強くそう願う。
叶わない夢だからこそ、恋をしたこともないくせに、心から愛しあえる人と結婚することができたならと、今でも夢見てしまう。
恋という言葉には、それほどの魅力があるのだ。
苦しいほど憧れてしまうからこそ、尊敬していた海翔には、恋をして幸せな家庭を築いてもらいたい。
多くの苦労を重ねて、今の地位を築いた彼は、そうすることでたくさんの人の暮らしを守っている。そんな彼にこそ、誰よりも幸せになる権利があるはずだ。
貴方だけでも幸せな結婚をしてください。――心の中でそう祈りながら、実音は帯を締めた。